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奥さんのアリアンネさんはその昔、旦那のヨウニさんが誘ったボートに乗った際、1枚のスカーフを忘れた。その忘れたスカーフをきっかけに彼らは再会する。
そしてのちに結婚し、7人の子供を産み育て、イナリ湖から獲れる魚を食べ、トナカイを飼育しながらイナリ湖のほとりで暮らしている。彼らの人生はまさにイナリ湖と共にある。
全ての人間は日々見ている景色や感じる感情を持ちながら生きているのだと思う。彼らと相対して会話をしていると、その背後に様々な景色が現れて消える。それは彼らが幾度も交わしてきた自然との対話であり、見つめてきた景色であろう。そんな風景の広がりを感じるのだった。
イナリは北極圏の人口200人ほどの村。ここに自分が来ることになった不思議さを思う。もしここへ来なかったら、地図上に、こんなところにも人が住んでいることなんて想像できなかっただろう。でも、今、イナリで過ごしたこの経験は、この場所の地図を立体的に、感覚的に感じさせる。私はこれから北極圏に暮らす彼らの生活や自然のことを思うだろう。それは想像という豊かさを運んで来る。
アイキオ一家との最後の日。毎日見続けた家の前に広がるイナリ湖。一緒に過ごした数週間、時間を共有し、心を通わせたと思っていても、一方で彼らは私の知ることのない遥かな世界に生きているような距離がある。私の知らない彼らの人生がそこにある。自然と関わる人間の深さとは何か。イナリでの体験は、私に人間への新たな眼差しを与えてくれた。
ここへ私を導いてくれた、伊藤玄二郎さんと、なかのまさきさんに感謝して。
ERIKO