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ここではまるで言葉の通じない人間2人が無人島生活を送っている気分である。島には私とヨウニさんしかいない上、水道も電気もない。唯一あるガスコンロで、持ってきたソーセージやベーコンなどを焼いてパンと一緒に食べる。水は湖から調達する。コップに入れると若干緑色をしているが、かえって透明じゃないところが栄養がありそうでおいしい。トイレはコテージから10mくらいのところにある小さな掘っ立て小屋。
昨晩、寝る前にヨウニさんが暖炉に薪を1本入れたことで揉めあいになった。私は二段ベッドの上で寝ているので、暖炉の火が消えないままだと熱気で寝苦しい。それを分かっているヨウニさんはケラケラ笑いながら、「ウクシプー(一本だけ)」と言って暖炉に放り込む。もめるほど2人の会話は成立しないので、笑いあうだけだが、私は結局最後の一本が燃え尽きるまで暑くて寝られなかった。
今日はこの間仕掛けた魚の網を取りに行くかと思いきや、どうやら引き上げるときに必要な機械を家に忘れてしまったらしい。コテージの鍵は忘れるわ、機械は忘れるわで、なんとのんびりした漁だこと。
「サウナに入って帰ろう!」
結局サウナを満喫して、漁のボートだけ残し島を去った。帰り際、ヨウニさんが仕掛けた網を見ることができた。300m間隔で浮き設置し、水深40m~50mのところに網を仕掛ける。
ヨウニさんはイナリで最も魚を捕る漁師と言われている。移ろいゆく時代の中で、EUからなどのさまざまな規制や、若者の漁離れで、サーミの伝統を受け継いで漁を行うのは、彼が最後の世代だと言われている。
「高校生までイナリ・サーミ語しか話せなかった。それ以降はサーミ語を話すのを禁じられ、口にすればひどい仕打ちを受けた」
サーミだけでなく、世界にいるさまざまな先住民族が直面する出来事。最近はサーミ語を話す人たちも減っている。
世界にはいろんなものが存在しているということは、漠然とわかっている。しかし、その小さな断片に触れただけで、自分の気持ちや考えはこうも揺り動かされてしまう。私は消えていこうとするサーミの生活と出会っている。それが現代に生まれた私にとっての価値そのものではないだろうか。