ボートを出す準備をするヨウニさん

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 カーテンから光が差し込み目覚める。今日は漁に出られそうな天候だ。暖炉を焚いて、1日が始まる。
ヨウニさんは、数メートル離れた納屋から網や旗を引っ張り出して、ボートを出す準備をする。

「何か食べたら?」と聞くと、「いい、腹は減ってない」と言い残して、そのまま漁へ出てしまった。
 私は暖炉の火を絶やさぬように薪をくべながら、小屋の周りを散歩する。今日は天気がいいからか、アリがたくさん出ている。この土地のアリは、黒と茶色の体をしていて、噛まれると痛い。


 湖畔を覗き込むようにして木にくくりつけられた鳥の巣。誰がどうやってつけたのだろう。根っこごと倒れてしまった木。このまま朽ちていって、また自然へ返っていく。白樺の木に耳を当ててみる。チュルチュルと木が水を吸い上げる音が聞こえる。

 船のデッキで横になると、湖の波音や風や空の色が一瞬たりとも同じ時がないことに気がつく。注意しなければ同じように見える自然は接し方でこうも違ってみえる。それは人間と似ている。わずかな風という些細な出来事で、簡単に気持ちは揺らぐ。人は自然がこうした事実を内包し、同調し、無条件の癒しを与えてくれるということを本能的に知っている。それが人が自然へ目を向けてしまう大きな理由の一つであると思う。自然という言葉で語らないメッセージを聴き取ろうとするべく。自然という生命を鏡のようにして、自分自身の命を見つめている。

 ヨウニさんが戻ってきたのは夜中の12時頃だった。「疲れた?」と聞くと彼は決まって「疲れてない」微笑を浮かべる。

ERIKO