イナリ湖とヨウニさん 後ろに虹がかかった

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 だんだん暖かくなってきて、そろそろ漁が始まりそうだ。ヨウニさんは連日ボートを出す準備で毎日湖の波止場へ行っている。
キッチンでマリアンネさんが、送られてきた書類を見ながら険しい表情を浮かべていた。

 「どうしたの?」
 「娘のトナカイの税金を納めないといけないわ」

 現在彼らのトナカイは森に放牧されているので見ることはできないが、どうやら家族のほとんどがトナカイを所有しているよう。

「何匹くらいトナカイ飼ってるの?」

 そう聞くとマリアンネは突然笑い出しキッチンのイスに座り込んだ。そしていつになっても答えようとしない。

「トナカイの数を聞くことは、『あなたは銀行にどれだけお金を持ってますか?』って聞くことと同じなのよ」

 なるほど。トナカイは彼らにとって大切な資産。数を聞けば、そこからどのくらいの稼ぎがあるか簡単にわかってしまうのだ。

 スーパーで買い物したあと、マリアンネさんが彼らのお墓を案内してくれた。森の中にあるそれは、墓地が持つような独特な雰囲気はなく、むしろ自然の中に溶け込んでいるようだった。

「この人はこの先の道路で自転車をこいでた時にひかれて死んだの。私は目の前で見ていたわ。あっ、このおじさんは、手前の人の葬式に来る途中に突然亡くなったの、ほら、死んだ日が近いでしょ」




 アイキオ家のお墓 淡い緑色の草はトナカイの主食であるトナカイ草

 お墓にはそれぞれの名前と生年月日、亡くなった日が書いてある。アイキオ家ヨウニさんの両親が眠る墓には立派なトナカイ草(トナカイが食べる草)がぎっしり生えていた。その隣にヨウニさんの妹さん、弟さんも眠っている。

「私はこの辺りに埋めてもらいたいわ」
 
 マリアンネさんは、アイキオ家のお墓の少し奥にできたわずかなスペースを指差した。彼女はまるで自分の人生の持ち時間と順番を確認するかのように淡々と話した。

「あなたも入りたかったら、まだ場所はあるわよ。笑」

 森のなかにひっそりとできた墓地。静かに落ち葉を清掃する老夫婦の姿が木漏れ日に当たって金色に輝いている。ここに立っていると、死というものが自然のサイクルの中の一部でしかないという、ごく当たり前のことに気づかされる。マリアンネさんと墓地を歩きながら、自分は一体どのように死んでいくのだろうかと考えた。どう生きたかも大切だが、人はどう死んだかということも大切なのではないかと思う。

 夕方はカレーライスを作った。家族は牛乳を片手に少々苦しそうだったが、喜んで食べてくれた。

ERIKO