シィルッカさんの音楽学校の卒業式



5/22

 昨日は日中ずっと雨が降っていたが、夜の21時頃に眩しい太陽が顔を出して、森全体が小さな宝石をちりばめたようにキラキラ輝いていた。

 夕方は、シィルッカさんが校長を務める音楽学校の卒業式だった。ダンスや楽器の演奏、コーラスと卒業証書授与が行われた。この学校からは毎年
10名程度が、名門のシベリウス音楽院へ進学するのだそう。
 シィルッカさんが挨拶の演説をしている時、何を話してるか到底分からない私が涙してしまった。




              アールトさんの作品

 

 カレリア地方滞在最後の今日、アールトさんがドライブへ連れて行ってくれた。この家に着いた初日にアールトさんは定年退職をしていると書いたが、それは今年の秋からで、平日は毎日働きに出ている。今日は特別に仕事を休んでくれたのだった。

 アールトさんの趣味は石を削ってジュエリーを作ること。奥さんのシィルッカさんが身につけているピアスやネックレス、指輪などはアールトさんが作ったものがほとんどで、とても彼女に似合っている。先日私にもラップランドでしか取れない石で作ったネックレスや石をプレゼントしてくれた。
 彼は英語を話さないので、シィルッカさんは出発前から私たちのことを心配していたが、そんな心配もよそに私たちは遠足気分で遠出を楽しんだ。

 

                      Ilomantsiの博物館


 午前中はIlomantsi(イロマンツィ)という小さな村へ出かけ、カレリア地方の博物館を訪れた。
 今日は本当に天気がいい。青空が頭上に広がっていて、いつも見ている森の色がより艶やかにあざやかに見える。
 博物館では先日、芸術家を支援する財団の会で出会った女性が働いていて、閉館しているところをわざわざ開けてくださり、中を案内してくれた。ダイニングの広い、木でできた昔のカレリア地方の家や、小さな正教会、動物の博物館ではシャーマンやカレワラ神話にまつわる動物の説明など、自然と隣り合わせに暮らす人々の独特な環境に触れた。

 午後は
Hatsuvaara(ハッツバッラ)という、ロシアとの国境にある、金鉱山を見学して家に戻った。見学者に酔っ払いのおじさんがいて、私にとことん絡んできた。金鉱山より何よりそのおじさんの印象しかほとんど残ってない・・・


 
               家の裏の湖

 家に戻り、仕事から帰って来たシィルッカさんと3人で、家の裏の湖でボートを漕いだ。「はい右、まっすぐ!はい左!」シィルッカさんの出す指令にアールトさんは黙って優しく従う。物静かで温厚なアールトさんに対し、シィルッカさんは、バリバリのキャリアウーマンで、明るく社交的。そんな彼らの付き合いは16歳の頃からというので驚きだ。

 大きな喧嘩はしたことないかと聞くと、「この家を建てた時ね」と答えた。多くのフィンランド人にとって家を建てることは、結婚後の始めての共同作業となる。内装や家具の配置、実際の建設も職人と一緒になって行うのが通常だ。この共同作業中に離婚するカップルも多い。彼らの家はいるだけで、作品の中に包まれているような感覚になるのはそのせいかもしれない。

 厳しい冬を越す人間にとって、身を守る道具の一つである家は、彼らにとって私が持っている価値観の家とは全く異なる感覚なのだろう。日本では職人に任せて家主はほとんど作業に携わらないというと、とても驚いていた。

 夜21時、夕日が差し込む空港で、ローパーンネン一家とのお別れの時間がやってきた。最後まで空港のカフェでゲラゲラと笑いの絶えない時間を過ごした。私の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた彼ら。飛行機に乗り込むとメッセージが入った。

「私たちの家に来てくれてありがとう。とても楽しかったです。私たちはまた私たちの森に帰ります」

 私たちの人生の時間が交差した1週間。彼らはまた彼らの人生へ戻っていく。

ERIKO