25日、ネパールが地震に襲われた。それを知った時、私は駿河大学の先生たちと定例になった神楽坂での食事会をしていた。話が弾む最中、私はネパールのことが気がかりで携帯の情報から目が離せなくなった。
地震が起こった時、エベレストベースキャンプには、2人の友人がいた。一人はローツェに登山中のドイツ人で、彼はその日体調が優れずBCに残っていた。間一髪で九死を逃れた彼の撮影した映像は瞬く間に世界中のメディアに使われることになった。
もう一人は、日本人サラリーマン登山家の大山さん。彼らからは昨日、私の携帯にメッセージが届いた。
「25日、BC直前で雪崩に巻き込まれ、命は持ち帰りましたが、多くの死傷者と対面しました。その後も大きな余震が二度ありました。3日にカトマンズ」
無事で何よりだった。大山さんは、私が去年ネパールへ行くのを後押ししてくれた人だ。散々迷っていた私に、「行こうと思えば、行けるんだよ」の一言をくれ、私はネパールで素晴らしい体験をした。
カトマンズでお世話になったガジェンドラさんや日本語学校を経営する明美さんも無事だった。
私は今春、ヒマラヤのメラピークを登ることを考えていたが、本の出版と時期が重なり、来年以降に延期した。そんな時に起こった今回の地震だった。クムジュン村の家族は、ヒラリー学校の子供たちは、どうしているだろう。想像しきれない彼らの不安に、私の心はざわざわしている。
先日、ドキュメンタリー映画「縄文号とパクール号の航海」を中野ポレポレで観た。中野ポレポレに行くのは今回が2回目。2月に柴田昌平監督の「千年の一滴 だし しょうゆ」を観たばかりの、最近ご縁のある映画館だ。
この間、毎日新聞の私のインタビュー記事と同じページにこの映画のことが取り上げられていた。関野さんのことはもちろん以前から知っていたし、兼ねてからお会いしたかった人だ。写真と文章でしか知らなかったが、彼にはとてもゆったりとした時間が流れていて、話しているこちらまで穏やかになってしまう。
映画は最高だった。関野さん率いる日本人とマンダール人のクルーが、インドネシアから日本までを全て手作りの船で航海する話。何度も涙が出た。こんなに感動させてくれる映画はそうない。匂いや感覚などはもちろん映像からは伝わってこないけど、それさえも感じさせる、目に見えない大切なものがちりばめられている映画だった。
機会があればもう一度観たい。今月の15日まで中野ポレポレでやっています。