
ルクラの空港
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祈るような気持ちでカーテンを開けると、山々が朝日に当たって輝いている。天気予報は雨と聞いていたが、神様は私に見方してくれた。
ルクラの空港は魚市場の競りのように、カウンターに詰めかける人、人。私のフライト手配をしてくれるランバルさんは、知り合いの空港職員を電話で呼び出し、何やら交渉のようなことをしている。もし一人で来たなら、どうやって搭乗していいかも分からないほど、ネパールの国内線のシステムはよく分からない。なんせ順番にチェックインということが行われていないのだ。
トレッカー達は、自分達の乗る飛行機がランディングする度、待ってましたとばかりに拍手を送り、カトマンズへ飛んでいく。私の乗る飛行機も無事定刻にやって来た。同じ飛行機には、今にもお産が始まりそうに産気づいている妊婦が同乗している。40分後に無事カトマンズに着いた。彼女にはこれから出産という人生一代イベントが待っている。
暑い気候のせいか、酸素が濃すぎるせいか、気持ちが悪い。慌てて、来ていたダウンとフリースを脱ぐ。
「エリコさん!げっそりになりましたね!」
出迎えてくれたヒマラヤ観光のニナさんが私の身体を気遣うように気の毒そうな顔をする。確かにここ何日間で、履いているパンツのウエストがゆるゆるになり、すっかり体重が落ちてしまった気がする。1日2号以上はお米を食べるようにしていたのに。摂取と消費が全く間に合っていなかったようだ。
カトマンズでは、数日前、20年以上振りの記録的な大雨が降ったのだそう。通りで、前回よりも埃の舞っている量が少ないの。
「エリコさんは本当に運が良いですね。昨日より前に飛行機を予約したお客さんは、まだ帰ってきていないですよ」
ルクラからの飛行機は、欠航になると、次の日の最終便に振替られ、その日に予約したお客が優先搭乗になる。午後は天候が崩れやすく飛ばない可能性がぐんと高くなるので、さらに乗れる可能性は低くなるのだ。
本来なら今日から帰国までの5日間、ホテル住まいの予定だったが、カトマンズにてホームステイをさせてもらえることになった。
ガジェンドラさんを紹介してくれたのは、出発前に出会った、植村直己さんの親友の廣江研さん。ガジェンドラさんはトレッキング中、何度も連絡をくれて、「家族全員楽しみにしていますから、是非家に来て下さい」と誘って下さった。
家は、日本大使館のすぐ側にある大きな庭付きの一軒家。家には3人のお手伝いさんと、運転手さんが数人がいる。通された部屋は、バスルーム付きのひろ~い部屋。
今日はたまたまガジェンドラさんの友人の結婚式だということで、私まで招待して頂いた。
山から下りて来たばかりで汚い上に、着る服すらない状態。そんなみすぼらしい私に娘さんが素敵な衣装を貸してくれた。
マリーゴールドで装飾された会場には、多くの人達が詰めかけ、金管楽器の演奏がけたたましく響いている。ヒンドゥー教の結婚式。ガジェンドラさんの奥様とも出会い、「待ってたわよ~」と、熱い抱擁をしてくれた。色んな方々とご挨拶をしたが、みんなに「日本人?ネパール人かと思ったよ」と言われる。数週間の滞在で、顔もネパール化してしまっているようだ。さっきまで山の中でダウンを着ていたのに、今はもうこんな華やかな世界に自分がいるという不思議さ。
夕食はガジェンドラさんが気を使ってくれて、ネパールで一番美味しいと言われている鉄板焼き屋「こてつ」へ連れて行ってくれた。お好み焼きにうどんなどと、至れり尽くせりである。ふと山での生活を思い出し、なんだか贅沢過ぎるのではないかとも思えてくる。
カウンター席の隣には、お父様が日本でネパールの大使をされていた方が同席していた。カトマンズに戻ってから思うのは、ファーストコンタクトの後に、みんな職業を聞いたり、名刺を差し出してくることである。
日本にいてもそれは変わらないのだが、その人自身を「~のだれだれ」という景色で一緒に見てしまうのは、なんだか悲しい気もする。多分我々は、社会組織の中の相手の位置関係でその人のパーソナリティーを覗き込もうとして、相手を知ったように思ってしまう癖がついている。本当はもっと家族や好きなことの話しを知りたいのに。
今日は久しぶりに22時に就寝。かなりの夜更かし。
ERIKO