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               お経を読むソナムさん


 プジャの朝。ダイニングにはまだお香が焚かれた後の煙が漂っている。朝日に透かしてそれは朝靄のようにも見える。
 今日は、
3ヶ月に一度行われるプジャ(祭り)の日。春を祝うこのプジャの日にヒマラヤにいられるなんて、なんとタイミングが良いこと。シェルパの民族衣装に身を包むソナムさんは、いつものビューホテルのジャンパー姿より心なしか凛々しく見える。

 私は低血圧に加え、標高の高い場所の朝は、体に血が巡るにも時間がかかる。コックのジャスさんが入れてくれたホットミルクティーを手の平に包み込んでぼーっとする。
 
 家の中には、日本でいう仏壇部屋のような、プジャ部屋と呼ばれるものがある。カラフルに装飾された祭壇、天井から吊るされた太鼓。米、チベットの塩、バター茶、チャン(どぶろく)を用意して、お経を読み上げ、その間に何度も米を摘んでは天高く放り投げる。裏庭では、シャクナゲの木が焚かれてモクモクと煙を上げている。
 お経を唱えている間は、絶え間なくバター茶が銀のカップに注がれる。当たり前だがこれが、バターを溶かして飲んでいる感じで、一杯以上はお腹に入らなかった。

 儀式が終わると、裏庭に立ててあるタルチョと呼ばれる
5色の旗を屋根の上に立てる。タルチョが表す5つの色は、チ(黄)=地、スぃ(緑)=水、カー(赤)=火、クー(青)=空、フー(白)=風を意味する。屋根の上には男性しか登ってはいけないそうで、私とカミさんは下からその様子を眺めた。




           ストゥーパ(寺院)の前でのプジャ


 家での儀式が終わり、続いては近所のストゥーパ(寺院)へ向かう。今日は朝からずっと雪が降っていてとても気温が下がっている。気温はあえて知らない方がいいと思っているので温度計を見ていないが、-5℃以下であることは間違いない。
 ここでもヤクの糞とシャクナゲの木が焼かれ、今度はミルクティーを飲みながら、お経を捧げる。



                 抹茶を立ててまーす。


 そうこうしているうちにあっという間に学校へ行く時間になった。朝ご飯のラーメンをかき込んで、いつもの3年生のクラスへ。生徒達も慣れて来たのか、とても嬉しそうに飛びついて来てくれるようになった。
 
 今日も昨日に引き続き、絵の作成。あと1日あれば完成というくらいにまでなって来た。題材は、「自分の好きなもの」としているが、男の子はパイロットになりたい子が多いせいか、ヘリコプターを描く子が多い。この辺りでは、ルクラからビューホテルや
BCへ行くヘリコプターがしょっちゅう飛び交っているからだ。完成がとても楽しみである。

 今日は別のクラスで、日本のお茶のクラスをさせてもらった。日本から持って来た、抹茶セットと、私の父オススメの安来(島根)の西村堂の清水羊羹を使って、抹茶を立てて試飲してもらった。ネパールのお茶は甘いのが普通なので、子供達は口に含んだ瞬間、眉間に皺を寄せてとても苦そうな表情を浮かべた。ちなみに先生たちにはとても好評だった。羊羹はみんなとても気に入ったようで、「とても美味しい」と言ってくれた。私の父も大満足だろう。



                  ミンパさん宅にて


 お昼、家に戻って昼食を食べていると、また太陽が顔を出し始めたので、午後は村を散歩することにした。昨日出会ったミンパ・シェルパのおばちゃんが家へ招いてくれた。ちょうど食事時で、子供達はむさぼるようにしてカレーを食べている。
 家の中は、キッチンと、ベッドと小さなテレビが置いてあるだけのリビングという簡素なもの。ミンパ・シェルパさんは旦那さんを山の遠征で亡くしており、シングルマザーで2人の子供を育てながら、小さな雑貨屋を経営している。

 「お腹は空いてないか?」と気を使ってくれ、もう食べたことを伝えると、甘いブラックティーを出してくれた。
 子供達は私にとても懐いてくれ、縄跳びやバレーボールをして一緒に遊んだ。正直
10回飛んだだけでも息が切れ、おばあさん状態。そんな私を子供達は腹を抱えて笑う。高所の運動はきつい・・・
 美少女の娘さんの名前を不覚にも忘れてしまったが、彼女は将来医者になって、貧しい人を助けたいのだそう。弟のタシ君は、ヘリコプターのパイロット。二人とも立派である。

 こうやって、人と出会い、生活の断片を知っていくことで、同じように見ている景色は立体感とリズムを持ち始める。夕方には、また暖かい陽がクムジュン村の大地に散った。


                   シェルパの家族と



☆今日のご飯☆


マルツィ(シェルパ)、コルサニ(ネパール) 唐辛子 ご飯は大体これと一緒に食べる 唇がヒリヒリするほど辛いが病み付きになる。

ERIKO