Unidad de medicina familiar病院 手前の白い円は、地震の際の非難場所
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楽しい団欒のつけはわずかな睡眠となって返ってくる。
昨晩は仕事を終えて時計を見たら夜中の3時をとうに過ぎていた。体は睡眠を欲しているが、今は残りわずかな旅の時間を出来るだけ有意義に過ごしたいと思っている。
夜中に物音がするので幽霊でもでたかと思ったら、息子のマルコが部屋の鍵を内側から閉めてしまって中へ入れず、リビングのソファーで寝ていたためだった。
今日は帰国直前の事故経過の検診。国立病院でお医者さんとして働くフアンの妹のアンへレスさんが連れて行ってくれることになった。
彼女が勤務するUnidad de medicina familiar病院へ出かけた。
メキシコには、毎月会社から給料の数パーセントかを差し引いて保険証を獲得し、本人と配偶者は無料で診察と薬がもらえるパブリック病院、自営業で働く人たちが低料金で診察が受けられる病院、そして、プライベートと呼ばれる病院がある。
アンへレスさんが勤務しているのは、Instituto Mexicano del Seguro Social(社会保険機構)が運営するパブリックの病院で、メキシコ全土に1000以上ある。
本来ならばメキシコ国籍で保険料を納めている労働者でなければ診察は受けられないが、「私と来れば大丈夫」と、特別に診察を受けさせてもらえることになった。
1日に約1200人の患者が訪れる病院は、午前中と午後で30人の医師が交代制で診察を行っている。
私はまずレントゲンを取ってもらい、その後個室で診察を受けた。たくさんの患者が来ているが、場所が広々としていて清潔で対応も早く、待たされた時間はほとんどなかった。
怪我の具合も順調とのことだった。
病院を出る際、昨日みたグアダルーペがここにも祭られていた。「メキシコはどの病院にも、グアダルーペの祭壇があるわよ。患者の心を癒す大切な存在なの」
アンへレスさんが、働くもう一箇所の研究所を訪ねた。彼女はここで医師を対象とした授業プログラムを行っている。
たくさんの医者に囲まれて、朝食のタコをご馳走になった。朝食と言っても、もう昼の12時を回っている。
日本の病院についての話をすると、「あんな先進国なのに、無料じゃないなんて信じられないと」と言って、日本とメキシコの医療制度の違いにみんな目を丸くして驚いていた。
午後は、グアテマラのティカルのツアーで出会った、フランス人のサンドラを訪ねた。
彼女は、今メキシコで一番売れているという、“カーサ・ドラゴネス”というテキーラ会社の取締役をしている。
オフィスと兼用の彼女の家は、ビトンやカルティエなどのブティックが立ち並ぶ、高級住宅街にある。フランス人らしく、家の中はセンスのいいものばかりが揃っている。
「よく来たわね!さあ、入って!」
フランス語訛りのスペイン語で、さっそくテキーラの話をしてくれた。
テキーラは、シャンパンやコニャックのように、その場所で作られたものにしかその名が付かないお酒であり、テキーラ・ハリスコという地域で作られている。
アガベ・アスール・ウェーバーという植物のピーニャと呼ばれる、中心部分から取れるものが、テキーラの材料となる。採取が難しい植物で、未だに全てが手作業で行われている。
「私が働くカーサ・ドラゴネスは、4年前にできたばかりの新しいメーカーなの。オーナーは、メキシコで初めての女性テキレラ(ワインで言うソムリエ)の、ベルタ・ゴンザレスと、MTVなどのオーナーでもある、アメリカ人のボブ・ペットマンの2人。商品はこのボトル一つだけ。この一つに全てを注いでいるの」
サンドラは何十年もNYバーニーズに勤務していたが、ヘッドハンティングでこの会社へ入社したのだそうだ。
美人で独身の彼女は、何でも自由には聞けない不思議な雰囲気を持っている。
「私の父は、大使だったから、小さい頃から色んな国に住んだわ。16歳で親元を離れて働きだしたの。私の祖母は、フリーダ・カーロの旦那であった、ディエゴ・リベラと親しくて、彼の絵のモデルに何度もなっていたの。そんなこともあって、メキシコという国は私ととても縁のある国なのよ」
彼女は1本3万円で売られているテキーラボトルの封をあけ、シャンパングラスを少し太らせたようなグラスに注いだ。
「このグラスはテキーラ用なの。ショットで飲むイメージが強いけど、ドラゴネスのテキーラは、ボディーがしっかりとしていて食事にもよく合うし、繊細で上品なの。レモンや塩なんかとは一緒に飲まないわ」
一口飲むと、ワインのようにいい香りが鼻に抜け、強い印象を与えない、本当に上品なお酒の味がする。
「チョコレートが一番合うの!」
チョコレートが口の中で溶けかけると同時にテキーラを口に入れると、両者のいい所が重なり合って、美しい和音を奏でているようだった。
「テキーラは、悲しくならないお酒なの。よく酔っ払うと急に悲しくなって泣き出したり、切なくなったりするじゃない。テキーラは酔っ払ってもそうならないの。明るくしかならない。メキシコ人みたいね」
彼女は、仕事に戻らなくてはと首元の大ぶりのペンダントを正しい位置に直しながら言った。
「でも好きなだけここにいていいわよ!」
私は、家に帰らなくてはと言うと、細い体で抱きしめて送り出してくれた。旅の途中で会った人との素敵な再会だった。
夜は地元の山陰放送の番組に音声出演した後、家族でマリヤチを聞きに出かけた。
マリヤチは、まさにメキシコをイメージした時に、真っ先に思い浮かぶ人たちなのではないかと思う。大きな麦わら帽にチャロと呼ばれる白または黒の衣装を身に着けて歌う楽団である。
ガリバルディ広場には、お客さんに声をかけてまわるマリアチたちがたくさんたむろしている。
ここには、マリアチの音楽を聴きに来る人や、思いを寄せる相手の家の前で、音楽を演奏し、扉が開くの待つ“セレナータ”と呼ばれる一種の告白のためにマリアチを雇いに来る人がいる。
この広場でマリアチの演奏は朝まで続くのだそうだ。
帰りはタコ命のダビッドがタコを食べたいというので、タケリーヤに寄った。気がつけば、今日は1日3食タコである。D.Fに来てからタコを食べない日はない。
「メキシコ人はビタミンTを取るんだよ。タコス、トルティージャ、タマルにトスタード。ね?」
確かに納得。
☆El plato del hoy☆ 今日のご飯
ERIKO