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昨晩はマリさんの弟さんの家へ遊びに行ったり、村を散歩した。村の若い女性達はスラっとして手足が長く、エキゾチックな顔立ちをしている。民家もカラフルなペイントや観葉植物でデコレートしてあり、とてもおしゃれである。
夕食は焼肉とハバネロ。みんな平気な顔してかぶりついているので、大丈夫かと思いきや、唇と喉が大火事になってしまった。「そんなに辛いか?」と労働から帰って来たマリさんの旦那さんに疑われたが、めちゃめちゃ辛いというか痛いです。
コンクリートの上で寝る覚悟はできていたが、妊娠8ヶ月のマリさんの娘さんが、ベッドで一緒に寝ようと誘ってくれた。
彼女は若干18歳という若さだが、相手の男性は行方不明だそうで、シングルマザーになるのだそうだ。
ベッドに横になってシーリングファンをぼーっと眺めていると、エバンヘリコ(福音派)であるマリさんの家族はイエス・キリストのビデオを流し始め、日付をまたいで長い長いお祈りを続けていた。
朝4時起床、トルティージャを作る手伝いをする。
昨日茹でておいたトウモロコシをこすため、機械を持っている家を訪ねる。
朝早すぎるのか皆無口のまま作業を進め、頭上のたくさんの星たちだけが賑やかに瞬いている。
ペースト状になったトウモロコシを手で捏ねて、丸い型押し機で平らにし、焼いていく。結局全て焼き終えたのは朝の9時を回った頃だった。マリさんはこの作業を毎日一人で行ってから、クラウディアさんの家の仕事に出かけているのだ。
トルティージャを家で焼かずに買う人が多くなった今でも、彼女は毎日手作りのトルティージャを焼いている。本当に逞しい女性である。
マリさんの民族であるサポテコ族は、オアハカ州を中心に住む、プレコロンビア時代に芸術、建築、文字、数学、天文学に長けた、メソアメリカでもっとも重要な文化の一つだったと言われている。サポテコ族は5つのグループに分かれており、それぞれ違う言語や習慣を持つ。
この民族が持つ興味深い習慣として、“ムシェ”や“マリマチャ”と呼ばれる、女性として暮らす男性や、男性として暮らす女性と言った、変わった文化を持っているが、マリさんが暮らす村では、誰に聞いてもムシェのことを知っている人はいなかった。
「マリさんは本当はサポテコ族のクラドーラ(治す人)なんだけど、その話をしてくれる可能性は低いわ」
クラウディアさんから聞いていた通り、マリさんはキリスト教の福音派で、サポテコ族が伝承する魔術的な治療方法や、神様の話をすることをひどく避ける。
「以前、娘のシャダニが高熱を出したの。なかなか熱が下がらなかった時、彼女が葉っぱと卵を使って治してくれたの。その後、“見なかったことにして”と言われたけど」。
マリさんから話が聞けないことが分かったので、仲良くなった弟家族の奥さん、フアナさんに相談した。
「ムシェとかってのは聞いたことないけど、この村には、満月に受精をした子供は性に問題があって生まれてくるって言い伝えがあるのよ」。「具体的にどういうことですか?」
フアナさんは勘が鋭く、私の質問の核を的確に捉えてくれる。
「例えば、私の知っているある女性は、月の周期に合わせて、男性の性器が生えてくるの。その時期は女性と一緒にいることを好んでいるわ。そしてまた月が新しい周期に入ると、それがひっこんでなくなっちゃうのよ。彼女は結婚してたんだけど、ちょうど男性性器が生えた時期に旦那にそれが見つかって、旦那は驚いて家を飛び出して行ったきり今も戻って来ないわ」
この村にも彼女のようなケースは多々見られるらしいが、村人は特におかしなことだと感じてはなく、差別などもまったく存在しないそうだ。
「男性が女性みたいにしている所謂“ゲイ”と呼ばれる人達もたくさんいるけど、みんな受け入れちゃってて、ちっとも偏見なんてないわよ」。
フアナさんは続いてクラドール(治す人)の話をしてくれた。
「なんだったら今から家でどんな風にやるかやってみせてあげるわよ」
懐中電灯を使わなければ真っ暗で何も見えないのに、フアナさんの家族は、私が地面が見えないことを不思議そうに何度も“本当に見えないの?”と聞いてくる。私の目も明かりだらけの世界で現代の目になってしまっているのだろうか。
フアナさんの家は新築で、薄型のテレビや冷蔵庫などが無造作に置いてあり、奥には何室か子供部屋が見えた。靴は脱いで上がるようで、仮設玄関にはたくさんのサンダルが散らばっている。
「うちの子でまず卵をやるから見てて」
フアナさんの旦那さんは卵を右手に持ち、イスに座った息子の体を卵で擦り始めた。体の全部分が終わると今度は水の入ったコップを持ってきて、卵を割った。すると、白味の部分から目のような白い空気の玉が現れ、そこから伸びるようにして卵白の紐が歪な形を作った。
「これが“Imagen”(イメージ像)と呼ばれるものよ。クラドールはこれを読んで原因を突き止めるの。大体の頭痛は、他人からの圧力や妬み、悪いエネルギーを受け取ることで起こるの。だからお医者さんに行く前にこれで浄化すると、ほとんどの頭痛は治るわ。本当はこれに、アグアルディエンテス(お酒)とアルバカルという葉っぱも使うんだけどね」。
イメージ像は確かに何かの形を連想させるように浮遊していて、先っぽに付いた“目”と呼ばれる空気の玉は眼球のように見える。色んなクラドールを見てきたが、卵を使う治療を知ったのは初めてのことだった。頭痛の原因は他に霊的なものや恋わずらいがあるという。
マリさんは「それは魔女がやることだ」と言って馬鹿にしていたが、シャダニちゃんが苦しんでいたときに最後の手段としてこの方法を使ったのだから、きっと心の奥底では信じているのであろうと思う。
1日半の短いサポテコ族との滞在は、とても特別なものとなった。明るくておおらかな村の人たち。誰一人写真を拒む人もいなかった。
「素敵な話を一つするわ。この間、シャダニの誕生日会にマリを誘ったの。そしたら時間にやって来たのは彼女の息子で、“お母さんは体調が悪くなって急に来れなくなったから、自分が変わりに来た”と言うの。知らない人を家に入れるのには抵抗があったけど、まぁ気にせずにその時は誕生日会を終えたの。のちに聞いた話によると、サポテコ族の人たちは、誕生日会へ誘われたら、誘われた本人が、その人にとって一番大切な人を代わりに行かせてあげる習慣を持っていたのよ。素敵な人たちじゃない?」
お手伝いさんとこんなにも信頼関係を気づいている家族を私は他に知らない。
☆El plato del hoy☆ 今日のご飯