
ホプキンス村
6/22
ホプキンスではAll Seasonsゲストハウスに宿泊している。ドイツ人が経営しているアットホームなゲストハウスである。
今朝はここで働くドイツ人の女性が一人で朝食を取る私に付き合ってくれた。ドイツで障害のある人達の施設で働いていた彼女は1年半前に旦那さんと一緒にベリーズに移住してきたそうだ。見た感じ50代くらいだろうか。
『ガリフナについて詳しい人知ってますか?』
『そうね、近くのガリフナレストランに行けば何か分かるかもね。自転車、自由に使っていいからね』
日焼け止めを塗って、歯磨きを済ませ、ブレーキの付いていない自転車にまたがった。水たまりと凸凹穴を避けながらジグザグに進む。民家から匂ってくる肉の焼けた匂いや、木から落ちたフルーツが腐って酸化した匂いが、カリブの海風に乗ってきては通り過ぎていく。
“イネス”という名前のガリフナレストランで、ガリフナについて詳しい人を捜していると相談すると、“カルチャーセンターに行けば情報がもらえる”ということでさらに自転車を走らせた。
炎天下の中、散々迷ったあげくに辿り着いたカルチャーセンターは静まり返っていて、誰もいないようだった。
近所の人へ聞き込みを開始すると、ミランダさんの家に行けば分かるという情報を得ることができた。ミランダさんはすぐに見つかった。しかも、ミランダさんの家は私が探していた儀式が行われる寺院の隣りでもあった。
『なんだい?』
ミシンでガリフナの衣装を縫っている女性に窓越しで事情を説明すると、フェリックスさんという彼女の弟さんを紹介してくれた。
フェリックス・ミランダさんは、ガリフナの宗教的儀式(ドゥグ)が行われる際に指揮を取る“ブエイ”と呼ばれるヒーラーだった。まさに私が探し求めていた人物である。
『聞きたいことがあれば何でも聞いてください』
彼は何でも包み込んでくれそうな優しい雰囲気の男性である。家の前のイスに腰掛けて話しをする。
そもそもガリノグの伝統儀式である“ドゥグ”は、先祖の魂を供養する目的で行われる。先祖の霊が血のつながった家族に憑依し、その人を通じて伝えられる先祖のメッセージをもとに、儀式の準備が進められる。
儀式の用意は、まず小屋を建設することから始まる。そして、食べ物や衣装など、約1年をかけて親戚、家族総出で準備をする。儀式が行われるのは家族が揃いやすい夏期が多いのだそうだ。
『僕は3度ほど、先祖の霊が憑依したことがあります。その時は体が麻痺したり、意識が朦朧として、自分が何を話したかは全く覚えていません』
ドゥグの儀式は大体、月曜~水曜までの3日間に渡って行われる。儀式前日の日曜日には教会のミサに参加する。
1日目の月曜日は、ドラムと歌とダンスで、儀式の指揮を取るブエイ(ヒーラー)にエネルギーを与える。2日目の火曜日は、午後12時~4時にかけて先祖にお供え物をする。お供え物は全体の3分の1ずつ、3種類に用途が分かれる。一つは海からの恩恵を自然にお返しするという意味を込めて、海へ捨てられる。儀式用に海産物を取る時(アドゥガハティユと呼ばれる)は、必ず大量になるそう。もう一つは地の神様に感謝するため、穴を掘って埋められる。残りはみんなで食べるというものである。
ブエイは誰でもなれるわけではなく、お知らせが来るのだそうだ。
『夢を見ました。シークレット・センターと呼ばれる場所や特別な衣服、人々を治療している夢をたくさん見たのです。それをブエイに相談したところ、それは私自身がブエイにならなければいけないというお告げだったのです。さあ、どうぞ中へ入って下さい』
フェリックスさんは儀式が行われる寺院の中を案内してくれた。靴を脱いで、砂地の上を裸足で歩く。木材でできた寺院の中には、長椅子とカーテンで仕切られた部屋がある。ざっと60人以上は入れそうな広いスペースである。
カーテンが付いた“グリ”と呼ばれる部屋は、ブエイが人々の相談や治療をする場所で、白い布の祭壇にはマリア像やキリスト像、ココナッツとお酒らしきコップが備えてあった。
『生理中でなければ中へ入っても構いません』
私は丁寧にお断りした。
『キューバのヨルワという宗教に似ているような気がするのですが・・・』
『よく分かりましたね、この宗教はヨルバとガリフナが融合したもので、ヨルバの要素もたくさん入っています』
儀式中、ダンスを踊る人達はトランス状態になるのだそうだが、ガリフナにはブードゥーのような呪術的なものは存在しない。
『私は単純に、我々の精神性(スピリチャリティー)が発達すれば、人々は本当の意味でもっと繋がれると信じています』
フェリックスさんは、裏庭にある昔のガリフナの家を見せてくれた。伝統的な調理器具や薬草、エレバと呼ばれるガリフナの主食の説明をしてくれた。気がつくとお昼ご飯の時間はすっかり過ぎていた。
『フェリックスさん、本当にありがとうございます』
『僕で良ければいつでもどうぞ。あと一つだけいいですか。ガリフナ語では“ありがとう”を“セレメイン”と言います。英語だと“Thank you”です。あなたが来た国はまた違う言葉になるでしょう。でも“ありがとう”という気持ち、エネルギーは一緒なんです。水や空気も、場所に寄って言い表す言葉が違うだけで、対象物は全く同じです。宗教も一緒です』
フェリックスさんは自転車に乗ってふらつく私を心配しながら見送った。帰り道は、行きに道を聞いたたくさんの人にすれ違い、声をかけてくれた。
日が暮れると白い月が姿を現した。
今日は一年で月が最も地球に近づくスーパームーンと呼ばれる日。丸いとは言えないひしゃげた楕円軌道の月がホプキンスの夜空を照らしている。
☆El plato del hoy☆ 今日のご飯
エレバと呼ばれるガリノグの主食 サクサクしたパンのような食感で、作るのに丸2日かかる。ケミカルなものは一切入っていないが、8年間賞味できる。
こちらがエルバの材料である“エルバの木”根っこのみが使われる。毒があるので、ルグマと呼ばれる専用の器具で絞り出す。
This travel supported by BPRP
ERIKO