アバハ・タカリック

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 『マヤ文化で最も重要な場所に行こう』

 エドガーさん夫婦は、ケツアルテナンゴから南へ車で1時間半のアシンタル県の太平洋岸斜面にある“アバハ・タカリック”へ連れて行ってくれた。
雨期のこの時期は午後を過ぎると必ずと言っていいほど雨が降るので、朝7時に出かけることになった。

 時間にはきっちりしている彼らだが、部屋を閉める鍵が見当らず、結局出発は8時となった。
私は小さい頃から探し物を見つけるのが得意で、集中して頭の中で家全体の図面を描くとオレンジ色または明るい色に光る場所が見つかる。そして大抵探し物は実際にその場所にある。今朝、彼らがどれだけ探しても見つからないのでやってみると、彼らの寝室が光った。
『もう見たけどなかった』と言うが、勘が間違いでなければそこに必ずあるので、『もう一度隅々まで調べた方が良い』と話すと、結局寝室のクローゼットにしまったジャケットのポケットの中から出てきた。まだまだ私の直感力は衰えてないようである。
エドガーさん夫婦は、『何かが私たちの出発をわざと遅らせたんだわ。ありがたいことね』とつぶやいた。



              儀式を観覧していた場所



 アバハ・タカリックは1960年代半ばに、石碑を研究していたアメリカ人考古学者のスザンヌ・マイルスによって付けられた名前で、キチェー語で“静止した石”を意味する。
ケツアルテナンゴは標高が高いため肌寒いが、アバハ・タカリックに着くとむせ返る暑さに襲われた。

 エドガーさんは公認の
アッハキッヒ(シャーマン)なので、入場料は無料であるが、連れ添いの私たちまで50ケツアール(約700円)が無料になった。

 今日は校外学習日なのか、メモ帳を片手にした学生達で溢れている。遺跡を見学するには、必ずガイドと一緒に行動しなければならず、単独行動はできない。艶やかな緑に囲まれ、学生達に混じり見学がスタートする。
メソアメリカ最古のピラミッドや、星を観察していた天文台、儀式が行われていた祭壇や239のモニュメントがあちこちに点在している。

 アバハ・タカリックがマヤにとって大変重要な場所であるのは、この場所からマヤの聖典“ポップ・ヴフ”や太陽暦、マヤ文明が生まれた場所であるからなのだ。
“ポップ・ヴフ”(聖なる時間の書)は古代マヤ人の宇宙観が表現された、神話、比喩、詩、歴史とも言える書物であり、世界が二つの異なる要素の協力関係によって成り立っているという原理が表現されている。
また書の中で人間はトウモロコシから作られ、人間の材料は植物であると記され、自然の中にあるものは循環を繰り返し、その自然を支配する神は“時間”であると考えられている。
先日会ったマヤの賢者、ビクトリアーノ氏は“ポップ・ヴフ”を『人間と世界の本質を理解する科学である』と言い切っている。

 一般に“ポポル・ヴフ”と呼ばれることが多いが、それは後からフランス人の翻訳者シャルル・エティアン・プラシュール・ドゥ・プールプールが付けた名前であり、キチェー語には“ポポル”という言葉は存在しない。

 サント・トマス教会で見つかった“ポップ・ヴフ”は18世紀初めにカトリック伝道師、フランシスコ・イメネスがあるキチェー人から草稿を見せられたことから始まる。しかしながら人々から関心を呼ぶことなく、19世紀に再発見されるまで忘れ去られてしまう。
再発見後は数々の学者や研究者によって翻訳された本が出版されるが、マヤ人であったアドリアン・イネス・チャヴェスによって訳された本は、言語的にも伝統的にもその内容を完全に理解していたと言われている。



              聖なる石アバハ・タカリック この場所からマヤ文明が始まった



 アバハ・タカリックには現在見ることが難しくなった、ポップ・ヴフに登場する古代の植物が未だに自生している不思議な場所である。
最も重要な石碑であるアバハ・タカリックがある祭壇エリアに入ると、すでに石の前で儀式が行われており、トランシーバでこまめに連絡を取り合う数人のガードマンガ張り付いている。
マヤの人々にとっては聖なる石であるアバハ・タカリックと交信する彼らを邪魔しないよう、石の前を避けて通る。

『この儀式が行われているまさに石の前で、ポップ・ヴフは生まれたんだ』

 エドガーさんは靴を脱いで石に敬礼し、6本のロウソクを儀式を行う彼らに渡した。エドガーさんは久しぶりに来たようでとても満足気な表情を浮かべていた。




            ケツアルテナンゴの中央広場



 車を走りだして少しすると大粒の雨が降り出したが、ケツアルテナンゴに着く頃にはすっかり止んでいた。車の中でアバハ・タカリックの場所のことを思い出すと、やはり特別な空間であったと実感が湧く。
『まだ町をしっかり観光してなかったね』
エドガーさん達は、中央広場にある大聖堂や市役所を案内してくれた。
建物の間からは先日行った、バウルの丘が見える。物乞いの人達に声をかけられながら、広場周辺の観光を終え、エドガーさんの従兄弟のイソリアさんの招待で彼女の家の夕食会に参加し、1日が終わった。



後中:イソニアさん 後右:エドガーさん 前右:アマンダさん

ERIKO