入国する前に聞いていたホンジュラスと実際に滞在した国の印象は大きく異なるものだった。
たくさんの自然と素朴で心の温かい人々。
もちろん多くの問題も抱えている。
ホンジュラスには手つかずの自然がまだまだたくさん残っているが、その多くの地域は麻薬密売経路となっており、一般の人達が立ち入ることが出来ないのが現状である。以前は、カリブのジャマイカやドミニカ共和国経由で北米に運ばれていたのが、規制が厳しくなり、中米の経路が使われ始めたのだ。ホンジュラスは中米のちょうど真ん中に当たる国として、小型機の発着地などにも使われている。
今年の始めには、治安の悪化が原因で、JAICAボランティアの半数以上が引き上げになり、テグシガルパでは滞在していた家の周りを出歩くのさえ家族から控えた方がいいと言われ、出かける時には、送り迎えに来る数メートル先の道路までも家の人が同伴するほどだった。もちろんネックレスなどのアクセサリーなども付けて歩けない。
あまり書きたくはないが、正直なところ、実際に出会った人のほとんどがこれまでに数回何かしらの被害に必ずあっている。
また少年ギャング集団のマラスの問題。ロアタン島であった、ホエルさんがこんな話しをしていた。
『少年達がマラスへ走る根本的な原因は、家族だよ。結婚して父親がアメリカへ出稼ぎに出る間に、仕事に追われる母親と遠くにいる父親の愛情を受けなくなり、少年達はマラスになってしまう。親と子の関係はシャツのボタンみたいなものなんだよ。一番上を掛け違うと、歩んでいく人生全てのことが掛け違ってくる。私が一番大切にしているのは、Tener familia(家族を持つ)ということなんだ』
ホンジュラスでは、国内を5カ所回ったが幸いにも私は何も困ったことは起らなかった。それどころか長閑な風景や素晴らしい景色をたくさん見ることができた。
ホンジュラスは美しい国である。お世話になったハビエルさんはこの国についてこう話した。
『僕は過去に何度もアメリカや他の国から大学講師の依頼を受けて、何度か海外に住んだこともある。でもホンジュラス人が持っている、“人間のこころ”の温かさに、危険のリスクや給料が安くてもここにいる価値があると思っている』
私がホンジュラスで出会った人々は、駆け引きのない正直で、素朴で、明るく、他人の幸せを思う人達ばかりだった。テグシガルパでお世話になった家族は決して裕福とは言えない家庭であった。息子さんは失業したばかりで、子供も2人いる。それでも家族全員で助け合い、他人の私を家族のように扱ってくれた。それだけに最後のお別れは後ろ髪を引かれる思いだった。
『Ya sabes, tiene su casa aquí siempre』(あなたの家はいつでもここにあるわ)お母さんのフランシスさんは私を抱きしめて掠れた声でそう言って搭乗口へ送り出した。
ホンジュラスという国は私のこころの深い所に優しくて温かい何かを残した。大好きな国になったホンジュラス。世界中がこの国を最も危険な国だと言おうとも、批判しようとも、彼らの愛に溢れる生き様を私は決して忘れない。
ERIKO