
船を出す準備をする
4/10
昨晩は9時に就寝したが、暑さで何度も目が覚めた。風邪で寝込んだ時にしか体験できないような、髪の毛もびっしょりなるほどの蒸し風呂状態である。
バスティラスさん夫婦は5時に起床、奥さんのアデラさんは水浴びをしてゆっくり民族衣装のモラに着替える。
クナの人達はキレイ好きで、1日に何回も体を洗い、衣装も毎日取り替える。近所の人達も昨日と衣装がガラリと変わって、誰が誰だか分からなくなった。
モラの歴史はナゲリ・ギリアイという女神がクナの女性達にモラを伝えたという神話から来ている。足と手に付けるビーズの飾りは“シャキーラ”、スカートは“サプーレ”、ブラウスは“モラ”と呼ばれる。元々体にしていたペイントがやがて衣服となり、それぞれの模様は彼らが信仰する宇宙論に基づいている。その多くは太陽、星、虹からの影響を多く受けており、同じ模様が2つのデザインは世界の二重性を、迷路のような幾何学模様は神様へたどり着くまでの困難な道のりを表している。
『パナマ市で芸術やデザインの勉強をしていたけど、やっぱり島が良くて戻って来たんだ。一生この島で生きていきたいと思う』
クナの若者達はとてもしっかりしていて、おまけに女性を敬い大切にする習慣があるため女性、老人思いである。子供も女の子が生まれる方が喜ばれるのだそうだ。若者達は都会へ出て行く者もいるが、多くの若者は学業が終わった後もこの島に戻り生活している。
元々リオ・チャチャルディ(チャチャルディ川)に住んでいたクナ族は、時間とともに近辺の島々へ移り住んだ。エコトゥプ島には、フェリさんの従兄弟や親戚がたくさん住んでいる。家の作りや道行く人達はとても似ているが、微妙にこの島の方が開けた感じがする。島には各家庭にソーラーパネルが設置されており、夜でも電気が使えるのだそうだ。ある島にはインターネットも携帯の電波も届く島もあり、島の権力者によって発展具合は大きく異なる。
うだるような暑さのなか島を歩き、フェリさんの親戚の家にお邪魔する。合計6軒の家を訪問したが、各家で歓迎の証である、チョコレートやマイス(トウモロコシ)で作られたチチャが振る舞われた。コップいっぱいに注がれてくるので、さすがに3軒目以降は飲めなくなってしまったが、家族は全員飲み干していた。
ラテンアメリカの親戚訪問はこれまでの経験から一軒一軒かなり時間がかかる。席を立った後も玄関で30分以上別れの挨拶をすることもよくある。
クナ族の親戚回りは以外とあっさりしたもので、チチャを飲んで5分ほど話したら速やかに退散する。相手も喜んで歓迎するが引き止めはしない。
また、家にお邪魔した時には必ず水で口を濯ぐ習慣がある。島へ到着した時や家に帰った時にもまず始めに口を濯ぐので、場所を移動した際にする決まり事なのかもしれない。
お昼はフェリさんの娘さんのお姑さんの家で、伝統料理のLa sopa de Cambonbia(貝のスープ)をごちそうになった。クナ族の主食はプラタノ(食用バナナ)や米でおかずは魚と魚介類で、肉はほとんど食べない。聞く所によると、肉は匂いがきつくて苦手らしい。その食生活からか太った人もほとんど見かけない。
パナマの家を出る時、家族のラモンさんに、私が着ると寝袋になりそうなサイズのパンツを、『太ったクナの人に寄付して来て!』とお願いされたが見つかりそうもない。ラモンさんごめん、Mission Impossible!
ムラトゥプ島に戻ると、昨日に続きチャンピオンズリーグの観戦で家には子供達が押し寄せていた。私がテレビのある部屋に入ると、すぐに男の子がイスを譲ってくれた。子供達は試合中サッカーと私の顔を交互に見ながら、チーム関係なくゴールが入ると飛び上がって喜んだ。
夕方、中央広場を通りかかると、“ノガゴヘロ”と呼ばれる伝統的な踊りが披露されていた。男性はカンムと呼ばれるサンポーニャのような縦笛を、女性はマラカスを振って、男女向かい合って踊る。ダンスの輪の中には、さっきまで一緒だったアレハンドロ君の姿もあった。
昨日会った村長に許可をもらい、明日のフライトの手続きする。航空券を持っていてもこの登録手続きをしなければ、飛行機に搭乗できない、もしくは罰金を払わなければいけないそうだ。航空会社からは何も言われなかったので、フェリさんがいて本当に助かった。しかも手続きはクナ語なので自分では何もできない。
『エリコはいつも運がいいね。来るときも明日の帰りの飛行機もちゃんと飛ぶなんて。飛ばないことの方が多いから、本当にラッキーだわ』
空港までのボートもガソリンと運転手を用意しなければいけなかったが、明日突然パナマからお医者さんが来ることになり、それに便乗させてもらえることになった。
最後の晩餐は、アレハンドロ君のお家で“オソス・オリクワ”と呼ばれる、伊勢エビの入ったお粥のような料理をごちそうになった。
パナマ市で出会ったクナ族の印象は、カメラを取り出すだけで顔を覆ってしまう様な極端にシャイで閉鎖的なイメージだった。クナ族の中に実際入ってみると、始め壁はあるものの、慣れると非常に人なつこく、人間関係も直接的で湾曲した所がなく、付き合いやすい人達だと知った。
女性のなかには、『子供が産まれたらエリコって名前つけるわ』と言ってくれる人もしばしばいた。
その中でも隣近所に住むミゲリーナさんは、初めて会った時からとても仲良くしてくれ、私が分からないのにも関わらず、クナ語でたくさん話しかけてくれた。いつも笑顔でなんだか楽しそうで、夜になるとブラジャー一枚で遊びにくる。
『ご飯は食べたか?何か欲しい物はないか?』といつも気にかけてくれる。
『あなたが遠くに行っても、星を見ながらどこにあなたがいるか想像しながらいつでも思い出すわ』
通信手段のないこの島の人達とのさよならは、本当の意味でのさよならであり、お互いが繋がることができるのは心の中だけである。絆とはいつでも近くにいることや、便利な通信手段を使って繋がることではなく、お互いの心の中に相手の居場所を作ることなのかもしれない。
ERIKO