厚生省からもらった紙



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 キューバに到着した際、空港で厚生省から“病気を持っていないか診察の必要あり”というような紙をもらった。
行かなければ滞在している家族が多額の罰金を払うか、逮捕されてしまうというものである。私のキューバの家族は外国人を預かっている責任があるため、私に何かあった場合は彼らが全ての責任を負うこととなる。

 昨日からお腹の調子がおかしかったので診療所で手続きをしたあと、近所で有名な
Curador(治す人)を訪ねた。場所は同じ地区の海沿いのアパートの1階にあった。
家の中にはペドロさんと奥さんと昼寝をしている孫がいた。ペドロさんは足が悪いようで杖をつきながらゆっくりと歩いた。
足の怪我とお腹の症状を伝えると、ペドロさんは『オレンジの葉っぱを9枚取って来てくれ』と言った。
取って来たオレンジの葉っぱを丁寧に束ねて怪我をした左脚の上で十字を切りながら、呪文のようなものを唱えている。
『これはヨルワ(
Yorbaの宗教でアフリカの奴隷時代に伝わった治療法だよ』
ペドロさんは私をキューバ人だと思っていたらしく、日本人だというととても驚いた顔をした。
続いて奥さんが緑の紐で奥さんと私のお腹の距離を測っている。2回ほど繰り返し治療が終わったようだった。
『帰りに十字路で今から教える言葉を唱えて、後ろに向かって葉っぱを捨てなさい。また調子が悪かったらいつでも来ていいから』
この治療院はたくさんの人が来るがお金は一切とっていない。
家に着く頃には歩く度に響いていたお腹の痛みもスーっと消えていた。
写真を撮りたかったが、ペドロさんの家でカメラの電源を入れるとエラー表示になり結局撮れなかった。不思議な場所だった。

 家に着くと、デニルソンが顔を押さえて泣いている。どうやら兄のブライアンの友達がふざけて叩いてしまったようだ。ハビエルはブライアンの友達に『もう家には来るな!』と叫び、さらにはブライアンの宗教を責めた。『お前のクリスチャンの友達はお前の弟にひどいことをやらかした。それがお前らの信じる神の教えか!』
ブライアンはいたたまれなくなって泣きながら家を飛び出した。私は走って追いかけることもできないので、暗闇に消えて行くブライアンの寂しそうな肩を見続けた。
もうすぐ夕食が始まるのにどうなってしまうのかと思っていると、1時間もしない間にブライアンが戻ってきた。お父さんのハビエルとも普通に話している。さっきまでのことはなかったかのようだ。
私だったら機嫌が直らず1日は引きずっていただろう。
夕食はみんなで楽しく食べた。キューバ人の幸せに生きるコツのようなものを見せられた気がした。
去ったことは必要以上に振り返らない。今楽しめる時に楽しむ、なるべくたくさんの人達と。


        制服を着たデニルソンとブライアン


ERIKO