馬を引くフェルナンドさん

8/5

 6時半に起きて薪を切るぞ!』と、昨晩フェルナンドさんに言われていたが、家族が起きだしたのは結局9時頃だった。
外へ出ると、霧が濃くかかっていて1m先すらも見えないほどだった。
昼ご飯に私が作ることにしたハンバーグの材料の買い出しにスーパーへ出かけた。レジの側でアジア人らしき人を見かけると、アマリアさんが声をかけた。どうやら声をかけた人のお母さんが日系人らしく、家の近くに住んでいるそうだった。
『良かったら、母を訪ねてみて下さい』彼女の言葉に甘えて、昼食を食べ終えたあと、彼女のお母さんの住む家へ向かった。
家のベルを鳴らす前に、玄関から一人の女性が出て来てくれた。
原野千鶴子さん。ブラジルへ移民をした北海道夕張出身の女性である。
振る舞いや話し方は日本人とは思えないほどウルグアイ人のようだが、家の中へ入ると折り紙や人形がたくさん飾ってあり、日本の家のようだった。
原野さんは、久しぶりに日本人に会ったのか、私が訪ねたことをとても喜んでくれ、彼女の人生についてたくさん話をしてくれた。
これまでいくつかの国で日系人とたくさん接して来たが、日本に帰りたいと思ったことがあると話した人は、原野さんが初めてだった。
『夕張に一度1ヶ月半里帰りしたことがあったんです。その時は、こちらへ帰ってからも、自分の居場所は本当はどこなのかと随分苦しい思いをしました』
原野さんは最後まで日本語を話さなかった。
『あなたの人生が輝き続けるように祈っています』そう言って、車の方へ向かう私たちを最後まで見送ってくれた。



                原野千鶴子さんと



 家へ戻ると、マリオさんとジェシカさんが病院を退院して、赤ちゃんと一緒に戻って来ていた。
マリオさんは“Prueba de Rienda”という、クリオーショ馬の調教競技で優勝した経験を持っている。その相棒である馬に乗せてもらい、草むらを走った。フェルナンドさんは、この敷地にもう一軒新しい大きな家を建築中で、それが完成したらモンテビデオを離れて田舎で暮らす予定だと話した。
サッカー選手として、怪我をして引退するまで華やかな世界で生活していた彼は、自然と静けさをとても愛でている。
『こういった田舎で生きる人達は、生活の仕方も、人生の楽しみ方も、感謝の仕方も都会で住む人達とは全く違う。僕にとってはこういう場所での生き方がとても魅力的なんだ』
彼の眉間の間に深く刻まれた縦皺は、彼のこれまでの人生の慌ただしさを象徴しているようだった。

 日が暮れた頃、池の周りで木琴を叩くようなカエルの合唱が聞こえてきた。車の音も町の雑音も聞こえない静かなカンポで、ある一つの命の人生が始まろうとし、マリオとジェシカという2人の若者たちが、家族を築き始めている。遠ざかっていく小さな家の光はとても温かく輝いていた。



      アマリアさん 後ろは建設中の家


ERIKO