5/13

 みんなが動き出した頃、目を覚ました。布団から出た顔が凍り付きそうなほど冷たい。台所の水道でキンキンに冷えた水で顔を洗った。窓から外を見ると、草木に霜がおりて、辺りは真っ白になっていた。
マルガリータが、羊を放牧し、私とウィニーとタタはわずか
50m先の家へ向かった。
ウィニーとタタは自分たちの家を持っているが、夜あまりにも静かで寂しいので、マルガリータの家で寝泊まりしている。マルガリータは未亡人で、彼らが来てくれることで寂しい思いもすることなく助かっているという。

 ウィニーとタタの家で朝食を食べた。メニューはパンとチーズにハム。朝食を食べ終えてすぐ、ウィニーは昼食の準備を始め、タタは、チシャ(リンゴジュースを発酵させた天然の炭酸ジュース)を作るため、ペットボトルに入ったリンゴジュースを土の中に埋めていた。
今日埋めたジュースは今年の
9月に取り出すという。
チシャはマプーチェの人の家に招かれた時、必ずと言っていいほど出される。家によって味も異なるので、日本でいう麦茶に似ているかもしれない。

 昼食はラビオリのパスタと目玉焼きを食べた。スーパーのないこの村では食べ物を人に振る舞うことは、最大のおもてなしである。少しでも食べ残しがあれば、大切に保存する。




 ウィニーとタタがLiquiñeの村を車で案内してくれ、夜は、ミゲルさんとフランシスカさんというマプーチェの夫婦が、夕食に招待してくれた。
マルガリータと高校生のマグダレナも同席した。
メイン料理は、高価なガンソというガチョウの肉だった。お昼にかわいいと言って写真を撮っていたガチョウが、今、目の前のお皿の上に乗っている。味は、アヒルの肉に似ていて、皮は分厚く、肉はパサパサとしていてかなり食べ応えがあった。
マグダレナはこの村に住む高校
1年生だ。卒業しても、この村に残って働きたいと話していた。今日のお昼に会った25才の女の子も、以前Villa Ricaの町で働いていたが、もらえる給料と生活のバランスが取れなくなって数ヶ月前に村へ帰って来たと言っていた。

 食事が終わるとみんなマテ茶を飲み始めた。大量の砂糖を入れて、順番に飲み回す。サンティアゴや北の区域では、マテを飲んでいるのを見たことがなかったが、アルゼンチンとの国境に近いこともあってか、マテの習慣が根づいている。
ミゲルさんは今夜うちに泊まっていきなさいと何度も誘ってくれた。
マプーチェの人達は明るく、とても人懐っこい。ミゲルさん夫婦に感謝とお別れを告げ、家へ戻った。
みんなオーブンを囲んで団らんに入ろうとしている。どうたら今日はお風呂を我慢する日のようだ。

 ウィニーとタタが
1枚のDVDを取り出し、この内容を訳して欲しいと言った。再生してみると、岡山のあるニュース番組で、“チリ人のビジネスマンの成功の秘密に迫る”という特番だった。
紹介されていたチリ人は、アルバロという彼らの息子だった。アルバロさんは
10年前に日本に留学した際、日本が好きになり、移住し、岡山のある会社に就職し、今は営業部長を勤めている。
ウィニーとタタは遠く離れた息子の活躍ぶりを真剣に眺めていた。

 彼が日本に住んでいるお陰で、私は今ここにいることができる。彼のことは直接知らないが、彼の友達の友達がサンティアゴのジェニーに家を紹介してくれたのだ。日本へ帰ったら彼に会ってお礼を言いたいと思う。

ERIKO