続き

小さい頃

凄く暴力的な先生がいた。

一見 悪い生徒を叱る 熱血先生

みんなを守る 先生

いい人間にしてくれる先生

私はこの先生に嫌われていて

好かれたくて 認められたくて沢山頑張った。

だけど 認めるどころか

裏で悪口を言って落としたり

苦しめてイジメをする先生だった。

それを兄弟や 友達が知って教えてくれて

反撃してくれたり、守ってくれていた。

嬉しかったけど

私は自分の問題だからと なぜか単身立ち向かう

その先生に次第に無視され始め

他の生徒と同じ突っ込みをしても 嫌な顔をされ始めた

その時 何かしたなら教えてください

すみませんと

理に背いて謝った。

ここから 妖怪たちは

私のことを 謝りガッパとレッテルを貼りました。

未だにその名前がついてくる。

みえる人 主に神道の方が気付き 馬鹿にしてきます。

あの時に 何をすればよかったのか

未だに考えます。

今考えると あれがお試しだとわかりますが

私の弱さでもあったのでしょう。

おそらくあの時

先生は私を馬鹿にして笑っていた。

恥ずかしめてやろう

懲らしめてやろうと思っていたのだと思います。

私は逆で

先生は私を馬鹿にしてるけど

私に教えるためにやってるんだ

努力したら分かってくれるんではないか

謝ったら許してくれるんじゃないか

という

ば か に さ れ て る の に

"相手は先生だから私のためを思ってやってくれているんだ

そう 

わ た し の た め に

良 い こ と を

や っ て く れ る と

勝手に先生を期待したり

過大評価して

謝ってしまっていた"

謝る=弱いですから

要するに 私が弱みを見せたんでしょうね。

だからこうなったのだと思います。

こういう時には、自分軸

甘えを出さないようにするといいらしいのです。

無視するな!と怒ったり

無視して相手にしないとか。

"あなたの行為が嫌ですよ" と行動で表す。

反撃ですね。

で な い と 

伝 わ ら な い。

私は 受け入れて許す派なので、こんなこと言われるだけでは なんて事ないんで

はいはい と笑顔で無視するのが一番なんですが

何度も思い出させ

都合の良いように変えようとしてくるのが

嫌なものたちからの繋がりです。

考えてしまうといつもこうなります。
(これも思い込み)

柳に風で受け流し、そういう脅かしは心の中に入れないこと。

自信を持つこと。

嫌なものは嫌という 勇気を持つこと。

捕まったものが良くないものであれば

良くないレッテルをはりますが

良いものであれば、好転していきます。

それは関われば分かります。

その人の本質は 姿や噂やレッテルや発言や態度だけでは分かりませんし

絶対に間に受けないようにしています。

常に型に嵌めないといいますか。。

逆にはめるかも。

それを逆手にとり

悪い人が 来ることもありますが。

悪い人をいかに良くなるかも

私たちの手にかかっています。

悪い人にも光をです。

誰にでも 嫌な記憶はありますが

簡単に言えば それが良くなれば 良くなる方へ向かうとっかかりになります。

どんな時にもプラスの介入です。

ひとを信じること。

信じることは 見えないものです。

精神は見えない。

いいものやひとを形として神化して見るのではなく

光を想像することです。

景色とか状況。氣。エネルギー。

崇高です。

それをいい風に保ち

そのエネルギーで人を動かしていく。

良い精神 良いエネルギーでいましょう。

一人一人の意識が
人を救ったり導いたりしていきます。

人は崇高でも時には怠惰になり必ず堕ちるときがきます。

だから 普段から 自分を高めるようなことをしたり

環境に身を置いて 健全な精神を保っていたいね。

悪い人や環境は絶対にあります。

どれだけ良いものがあっても
人は楽を考えるもの。

ある程度まで行けば、資質が大事で
悪ければ、見切らなければいけません。

しっかり自分と向き合うことが大事ですね。

この投稿をしながら私には 

かなりの霊障が入り

電磁波で皮膚や細胞を焼かれ、病気になるような事実を

言っていいかは分かりませんが

これも

勇気を出して 言わなければならない

事実なので悪しからず。

前は見えない存在(神様や心など)

今は見える存在からのイジメや嫌がらせについて。