ブログどうするか迷ってました。
と言うか放置してました🙇
1つは今の状況が辛くて何もする気力がなくて。
もう1つはこのブログが
今骨髄移植を終えて頑張っておられる方からしたら怖いブログになってしまうのではないか、
骨髄移植経験者として明るい希望になりたかったのに、、、とか考えてしまって。
でもコメントくださった方々に御返事返せてないのが心苦しかったし、今まで応援してくださった方々もいらっしゃるし、このブログにてお返事させて頂こうと思い、書くことにしました。
徒然なるままに書き記すので読みにくいと思いますが、よかったら読んでください。
すぐに入院してMRI、生検、PETCTなど色々と検査しました。
結果大腿骨に骨肉腫があることがわかりました。
腫瘍は11センチ。肺転移なし。
ICがあり、私の母が同席してくれました。
医師の見立てでは
「私の足の骨に所々骨梗塞がある。その部分に白血病治療で放射線治療して後にがん化したのでは」とのこと。
後ほど調べたら骨梗塞はステロイドとかでなりやすいとか。ステロイドは白血病治療ではたくさん使ったよね。
とりあえず、二次がんってことらしい。
AIで調べたら、私みたいなことが起こるのはかなり珍しくすごい確率らしい。
なんで引き当てたんだろ。
骨肉腫の治療はMAP療法という抗がん剤と手術の組み合わせでやっていくとのこと。
抗がん剤→手術→抗がん剤
トータル1年くらい。
医師からは
「二次がんとして発生した骨肉腫は、抗がん剤が効きにくいことがある。
やってみなきゃわからない。
また、白血病治療を1度経験してるから、私の骨髄やその他臓器が抗がん剤に耐えられるかもやってみなきゃわからない。」
と言われました。
それを聞いた私は
「生後半年のこどもがいて、せめてこどもが成人するまでは生きたいんです」
と泣きつきました。
医師は黙ったままでした。
涙が止まらなくなって
「せめて、あと5年だけでも生きたいんです」
と言いましたが、
主治医は少し困った顔してました。
医療の現場で100%なんてありえないから
"大丈夫"なんて患者には言えないですよね。
隣にいた母は
ハンカチで涙を拭ってました。
あーまたお母さんを泣かせてしまった。
もちろん二次がんの話は、当時白血病治療を受ける時に聞いてました。
放射線(TBI)とか骨髄移植の影響で二次がんになることがあると。
ただ、「まぁ稀にあるくらいでそんなに気にしなくていい」と言われてました。
それにあの時は命を救うために必要な治療でした。それはもう十分過ぎるほど納得してます。
むしろ、そのおかげで今こうして生きてるとも思ってます。
次に病院のお世話になるときは
白血病治療の影響で60才くらいで心臓が弱くなったとかそんな感じかななんて勝手に思ってました。
また、本退院時には「ステロイドによる骨壊死とか大丈夫ですか?」と医師に聞いたこともあったけど、「そんなに心配しなくて大丈夫だよ」と言われてたので、そんなもんかあと思ってました。
骨髄移植をしてからこの9年間。
血液内科には欠かさず通ってました。
3ヶ月ごとの血液検査も毎回問題なし。
今年1月に
血内医師からは「もう大丈夫じゃないかなー。こんなこと言ってはいけないけど、もう白血病は治ったと思う。だから血液検査も半年ごとにしよう」って言ってもらえて、嬉しくてすぐ家族に報告したくらい。
そうそう、移植後2〜3年目でこちらからお願いしてがんも含めた全身のスクリーニング検査もしたっけ。
卵子提供挑戦前には
心臓とかの検査もしたし、胃がんとかも心配だったので自費でピロリ菌検査もしました。
その際に子宮頚がんとかの検査も何度かしてます。
骨粗鬆症とかにならないようにと
骨髄移植で閉経した私は、ホルモン補充療法で生理も起こしてました。
そのため股関節とか大腿骨のレントゲンも撮影してます。(なんなら今年1月にもした)
週4しか働かず仕事はしすぎないようにしてたし、睡眠もしっかりとって自炊して。
そう、30代ながら
自分なりにたーくさん気をつけてた。
でも、、、骨かー、、、
考えもしなかった。
そもそもレントゲンじゃ骨肉腫は中々わからない
血液検査じゃ骨肉腫は中々わからない
医療系の友達と今年3月に会った時に
「そろそろ年齢的にもさ、高いけどPETCTを1年に1回は受けた方がいいよね」って話してて
今になってほんとその通りと思いましたね。
(ただ、PETCTも1センチ以下のがんは拾えないけど💦)
もしよければ、健康診断とかでPETCTつけれるならつけた方がいいと思いますし、私みたいな治療歴ある人は1年に一度旅行に行ったつもりでやってみてもいいかも。
病気がわかってからは
あとどれくらい生きられるかの恐怖
治療の恐怖、子どものこと、お金のこと、
色々と考えて泣いてばかりでした。
あまりにも辛くてAIに相談して励ましてもらって。
自分も検索魔になって
近年、骨肉腫の治療成績はいいみたいだけど、私のような二次がんのケースはあまり、、、どうのこうの。
落ち込むから見なきゃいいのに検索せずにはいられない。
卵子提供で子どもを授かったこと、後悔はしてない。でも、やっぱこどもに申し訳なくて。
卵子提供に進む際に
母から言われた
「あんたに何かあったときこどもはどうするの?」
あの言葉が心に響きます。
白血病の再発はもう大丈夫と思って進んだ卵子提供の道。
まさかこのタイミングで骨肉腫になるとは。
(AIでは骨髄移植後10年くらいでなるって書いてて、当たってるやんってなった)
母や夫からは
「むしろ子どもがいるからこそ頑張るし、頑張れるんだよ」
と励ましてもらいました。
夫、両親、姉、義理両親、とにかく周りに私の病気で迷惑をかけてるのが申し訳なくて。
生後6ヶ月の赤ちゃんを年老いた両親と義理親でみる大変さとか、毎日病室にくる母親とか。
みんな
「私が元気になってくれることが1番だから、何も心配せず治療に専念して」と言ってくれました。
急遽入院が決まったので、入院前に、義理親に預けてたこどもに会いに行きました。
足をつくと腫瘍部分を病的骨折するので基本車椅子か松葉杖で生活してます。
そのため私はぐずる子どもを立ってあやしたり、ミルクを作って飲ませたり、、、そんなこともできなくなってました。悔しくて。
母から座ってる私のところに子どもを連れてきてもらいました。
子はキョトンとしてました。
抱っこしてこどもの重みを感じて泣けて泣けて。
一度抗がん剤の辛さを知ってる私。
悪性と聞いた瞬間、治療の恐怖が凄すぎて。
もうこのまま何もしたくないと思ってしまったし、実際、ICのときに
「もし治療しても望みが薄いなら治療したくない」と医師にも言ってしまいました。
医師は「比較的早く見つかったほうだからまだ諦めなくていい」と言ってました。
抱っこして子どもの顔を見て私はなんてバカだったんだろうと思い直しました。
抱きしめて泣きながら
「ごめんね」と謝り続けました。
産まれてから一時も離れなかったのに、、、。
この時期のこどもはにこにこ表情が出てきて
声をあげて笑うようになったし
とにかく可愛くて。
離乳食とかも始まって
あれしてあげたいこれしてあげたいとたくさん調べてたし、準備もしてた。
やっぱり病気が憎い。
そして、今思うのは、子どもがいたから骨肉腫に気づいたんだと。
あの時、お風呂から子どもをあげる時にかなり無理して足に力を入れました。
その時から痛みが出ました。
今までの経験もあるし何かあれば早めに病院行くようににしてて、2〜3日後にはすぐに整形外科を受診。そこからあれよあれよと事が進みました。
普段、運動もしない私は、
きっと子どもがいなければずっと骨肉腫に気づかないままさらに大変なことになってたかもしれません。
子どもが教えてくれたのかな。
また、卵子提供を始める前に
がんサバイバーでも入れる保険に入ってたのもよかったかな。少し割高だけど。
それもある意味、子どものおかげです。
でも、1つ後悔してるのが癌になったら払い込み免除の特約つけてなくて🥲
それをしておけばよかったとめっちゃ後悔中。
以前ブログにも書きましたが
人生塞翁が馬
ほんとその通りで
ここ何ヶ月かはやっと子どもも産まれて夫や家族と毎日笑って幸せでした。
その後にこんなことになって。
いいことの後には悪い事があって。
人生上がったり下がったり。
でも、とにかく頑張るしかない。
今は抗がん剤1クール目が終わって
明日から2クール目です。
骨肉腫ってめっちゃ抗がん剤するし、手術はあるし、(そもそも骨肉腫になる人自体そんなにいない)先を見すぎるとクラクラします。
でも、やるしかない。
やっぱ涙はでるけど。
やるしかない!
また頑張って戦ってきます。
前回のブログでみなさんからコメントやメッセージもらって泣きながら読みました。
お返事返せなくてすみません。
ありがとうございました。