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えりのブログ

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私のじぃちゃんは脳梗塞で
左片麻痺でした。
麻痺があるから歩くのもゆっくり
食事は食べこぼしが多い状態
排泄は部屋でポータブルトイレで
していました。

幼かった私は、そのじぃちゃんの
姿をみるのが嫌でした

病気のこととか麻痺のことなんか
全然わからへんから
ただただ汚いとか話したくない
って思ってしまってました。

私が保育所ぐらいのときの正月、
じぃちゃんは私に
小さな封筒にお年玉を入れて
渡してくれました

でもとにかく関わりたくないと
思っていた私は「いい」と言って
受け取りませんでした。

孫にお年玉あげるために
少ない年金とっといてくれたんやろな

今思ったらほんまに最低な孫やった

それから私が小2になったころ
じぃちゃんは大腸癌がみつかり
手術のために入院しました。

そんな中でも私は、じぃちゃんが
どんな大変な状況なんかも知らんと
心配してたわけでもなく、
むしろ両親がじぃちゃんの看病に
つきっきりになることに
寂しさ感じて嫉妬してました。

その2月のある夜、病院にいる親から
「じぃちゃんが死んだ。」
と電話がありました。

小2やったから、人が亡くなる
ということが重大なことや
っていうことはわかってた

でもその時初めてじぃちゃんが死んだ
ってゆうことの意味に気づきました。

もう一生元気なじぃちゃんに会われへん。

あんなに毛嫌いして避けてたくせに
なんかすっごい辛くて悲しくて、
お葬式では自然と涙が出てきました。


もっとじぃちゃんに優しくしたらよかった
いっぱい甘えたらよかった
お年玉、「ありがとう」って
受け取ったらよかった。
こんな最低な孫でごめんなさい

亡くなってからはじぃちゃんの
命日が来るたび悔やんでしまいます。



じぃちゃんが亡くなって10年、
高校生の私は進路を決める時期になり
看護学校を受験して合格。

今は寮に入って、看護師になるため
勉強しています。

実習でいろんな患者さんを受け持って
そのなかでも麻痺をもつ
患者さんと関わることで
患者さんからいろんな不便さや
体が自由に動かへん辛さ、
もどかしさを聞きました。
そしてその気持ちを八つ当たり
されたこともありました。
それぐらい辛いもんなんですよね

そのたび、どうしたらもっと楽に
過ごせるかなって考えたりしながら
じぃちゃんもこんな思いしてたんやな
って考えさせられました。

今は寮暮らしやけど
実家帰るたびに仏壇で手合わせて
じぃちゃんただいま。今帰ったよ。
実習しんどいけど頑張るから
見守っててね。って言ってます。

来週はじぃちゃんの13回忌。
その1週前、今週の日曜に
看護師国家試験があります。

絶対絶対合格して看護師なるから
じぃちゃん、ずっと見守っててね。
応援しててね。