先日こんなやりとりがあって、少しだけ気になっていました。

 

 

フリードリヒ・リストを推してしまう人がマルクスを論じられるわけがない(マルクスの理屈を理解できていないということだから)ので、おかしいなー?と思いつつ。

 

さきほどAmazon のサイトでレビューを見てみたところ、この本のマルクス部分について触れていた方がおられました。

 

 

まずは「様々なる意匠」から考察。マルクスのような天才ではない凡百のマルクス主義者たちはマルクスの豊かな理論の一面だけを「『マルクス主義』というイデオロギーあるいは『意匠』」として社会に流布させました。それは物が交換可能な商品として流通し社会を支配するというマルクス理論とまるで同じであると著者は断言しています。

 

ふむ。

 

そう書いてあったのだろうな、と信じるとして。

 

「凡百のマルクス主義者たち」にカチンとくる人もいらっしゃるだろうとは思いますが、わたくしが注目するのは、では中野はどれだけ読めているの?というところ。

 

わたくし nyun が関心を持っているところのMMT(現代貨幣理論)については、どう見てもちゃんと読んでいないのが中野。

 

一見して、問題はここです。

 

「物が交換可能な商品として流通し社会を支配するというマルクス理論」

 

マルクスの思想を伝えようと人は決してこの言い方をしないでしょう。

 

物が支配するわけないじゃないですか。

 

ここは似ているようで違う、肝心なところ。

 

「人びとが資本という概念に従属してしまうというビュー」とでも書いていたなら少しは見直してあげるところを...

 

そういうことだから金融支配に無頓着で「財政赤字でインフレにしろ」論から離れることができない.。