祖母が亡くなったので、
しばらく落ち込んでいました。
まだ悲しいです。
気持ちが落ち着かなくて、
自分を慰めるための記事です。
それでも、日々は続いていくし
子どもたちに食べさせないといけないし
お仕事して、稼がないといけないし
いつかは、いなくなる。
わかっていた。
祖父が亡くなったとき、
祖母も、もうすぐかもしれないと
ここ数年、弱っていく祖母の姿を見ながら
覚悟はしていたつもりだった。
入院して、
親から「もう長くない」と言われて
いよいよそのときが来るのかと
受け止めるつもりでいた。
だけど、
…だけど、寂しい。
両親が共働きで、
祖父は出稼ぎをしていたから
祖母と過ごす時間が長かった。
幼い頃の記憶は
祖母との思い出ばかり。
手をつないで歩いた畦道。
一緒に作ったシロツメクサの花輪。
手作りの紫蘇ジュース。
すっっっっっぱい梅干し。
トンボの上手な捕まえ方。
編んでくれた帽子。
反抗期、親には言えなかったことも
全部、おばあちゃんが聞いてくれた。
趣味の編み物も、おばあちゃんが教えてくれた。
私よりずっと長い人生、
いろいろあっただろうけど
誰のことも悪く言わずに
私のことをいつだって肯定してくれた。
認知症が進んで
ポヤポヤしているときもあったけど
実家に行くたびに
「○○ちゃん、来てくれて嬉しいよ」
と喜んでくれて
いろんなことを忘れても
私の名前、子どもの名前、いつも呼んでくれた。
最後に会ったのは、
5月の連休中に、日帰りで実家に行ったとき。
(同一県内、車で35分の距離)
子どもたち(曾孫)に囲まれて
嬉しそうにニコニコしていた。
その日から、2週間後だった。
葬儀を終えて、
数日は実感が沸かなかったのか
淡々と日々を過ごしていたけど、
今日は在宅勤務日。
誰も見てないし、聞いてないと思ったら
涙が止まらなくなった。
ずっと泣きたかったんだろうな。
今日は久しぶりにブログ(記録)を更新。
フォローしている方々のブログは読んでいて、
ポチっといいねさせてもらってます。
次からは、普段通り(家計と返済)の
更新に戻ると思います。
途中で、取引先から電話があって
グズグズのまま出たら
「…風邪ですか?」って心配をかけてしまった。
黄砂の影響で…ということにしておいた。