私は1980年生まれ。
幼稚園~小学生の時がバブル景気。
だから恩恵はあまり受けてない。
その後はこぞって「不景気」といっていた。

大学生の時の就活も「超氷河期」なんて言われた。
私が卒業して数年後は団塊の世代大量定年退職で学生が
まだ私たちの代よりは就職がしやすかった。
あの時は就活生を見るのが嫌だったなぁ。

そしてリーマンショックから続く不景気で
またもや大学生就職難。
今度は政府や経済団体も動き
「就職活動を遅くする」
「大学卒業数年は新卒と同じ扱い」
となる。
いや~、7年前にそうして欲しかったなぁ。
あたしの人生変ってたやろうなぁ(笑)
そして、私はもうすぐ終わりがわからないバケーション。
(いわゆる無職ですな)


隙間の世代or貧乏くじをひかされた世代
と言われたり、書かれたりする。

それはそれでいいとして、
「で、どうしたい?」
「で、何ができる?」
を常に自分に質問を投げかけている。
まだ答えはわからない。

世代は世代でしょうがない。
だからこそ、今何ができるか。
これからどうしていきたいか。

いい時代と言われたときを知らないから
「あのときはよかった」と思わない。

不景気不景気と言われ続けて育ったので、
これが「当たり前」なんよね。
この世界の中で、いかに生きて行くか。

NLP仲間で勉強会。


復習したスキルは少なかったけど、
とても濃い時間だった・・・


結局8時間いたことになるんよなぁ。
時間がとても速く過ぎた感じです。

今日は会合応援のためホテルへ。

始まる前、女性会の会長に最後の挨拶。
いつも役員会の時は声をかけていただいていた。
電話で私が出た際は「ふじいさんですね、こんにちは」と言って下さった。
本当にうれしかったです。

昼過ぎて解放されたので、お昼をどこで食べようか迷う。
京阪中之島線で天満橋まで戻り、八軒屋浜の川沿いでパンをかじりながらぼぉ~っとしていました。
自分の中に溜まっているものをひとりぶつぶつと小さく声に出す。
まわりに誰もいませんでしたが、かなり怪しいお姉さん(笑)
でも声に出すことにより、すっきりして昼からの仕事に専念できました。


自分との対話。
紙に書くのも大事だけど(よくやってる)
声に出すのも大事だと改めて感じました。

よかったよかった。
今日NLPが終わって、高島屋に行きました。
「食の都・大阪」展に行くためです。

催事場自体はそんなに広くなく、すぐに見て回れました。
一周してとなりの催事「大学は美味しい!」を見た後、
大商での担当部署の課長さんに会う。
大津から休日出勤お疲れ様です。

組織変更の話し(この方も組織変更の対象者)や異動のはなしをした後、
私が来月で去ることを伝えると、
「じゃあ僕の欲しいものやけど、買ってあげるわ」と言われる。
「え、え?」と状況がつかめないまま、そのブースへ。
冨士屋製菓本舗の豆のお菓子を頂きました。
http://www.rakumameya.com/
しかも進物用。
びっくりすぎて何がなんだかわからない。

今日お話した課長さんとは特に仲が良かったわけでもなく、
部署もフロアも全く違うので、直属の上司ではありません。
マトモにしゃべったのは去年の新人歓迎会のときぐらい。
奥様も職員さんなので、朝ドトールでお会いしたり、
イベントで何度かお世話になっていますが、
(とてもおしゃれで綺麗な方です)
それぐらいだったので、関係性はどちらかというと薄い。

そんな方でしたので、びっくりしてしまいました。
とてもうれしかったです。
最後なら何かをあげたくなるほど、それだけいい印象だったのかなぁって。
(良いかどうかはわかりませんが、そこそこの物をいただいたので悪い印象ではないはず)

もちろん最初からこういった結果を求めていたわけではなく、
男女・職員・派遣・嘱託・業務委託・保安問わず
ただ単に「お話ししたいなぁ」という好奇心から始まっています。
知りたがりな私だからこそ、色々なことを知り、ちょっとのことなら聞かれたらすぐに答えられるようになっていた。直接ネゴシエートできた。
「総務のハケン」としてはここまでしなくても良かったと思う。
でも、「ふじいえり」としてはそれは嫌だった。
もちろん良かったことばかりではないとは思うけど、
ある意味インパクトがあったのでは。

「○○してもらえたから私って重要な存在」
ではなく、
「そのままの私でも人に伝わるんや。重要な存在なんや」
と思った夜でした。
NLPマスタープラクティショナーの5.6日目。
1ヶ月ぶりの仲間に会う。

やっぱり、ほっとする。