今日 9月11日は、私にとって2つの忘れられない出来事の節目の日。
ひとつは 3月11日の地震。
もうひとつは 911と呼ばれる WTC崩壊の日。
今回は 911についてのお話です。
10年前のあの日。
私は当時、カナダのオンタリオ州ウィンザーという町に住んでいました。
朝の8時半頃でしたか・・・
当時の夫(現在は元夫w)が、地下にあるリビングから大きな声で
「ちょっと!テレビ見て!!」と叫びました。
何事かとテレビの前に行くと・・・
NYのビルがもうもうと煙をあげていたのです。
とっさに理解できず
なんでこんな高層ビルの上階で煙が?
爆発物?と疑問だらけ。
冷静にニュースを聞いていると 飛行機が突っ込んだと・・・
とにかくテレビの前から動けなくなりました。
その後も、ペンシルベニアの野原に墜落し、
国防総省とWTCに2機目が激突と
いったいアメリカはどうなってしまうのかと
今まで感じたことのない恐怖心があったのを覚えています。
一番記憶に残っているのは、あの日のニュースの一部です。
すでに4機が墜落・激突し 搭乗者はすべて生存の可能性がないと伝えられていました。
その後 しばらくたってキャスターが
「ペンシルベニアに墜落した飛行機の犠牲者の数が変更になったと発表がありました・・・
当初の発表より5人増えています。
5人すべてが、搭乗者の膝のうえに乗っていた乳幼児とのことです。」
と伝えた時・・・とにかく泣きました。
こんなことが起きていいのかと。
そんな中、NYに住む友人のご主人が
行方不明との連絡が入りました。
友人のご主人は、NYでフリージャーナリストをしており
当然のようにWTCに取材のため向かったのです。
危険を恐れず WTCの内部にいたのですが
最初の崩壊に巻き込まれながらも、奇跡的に助かっていたのでした。
他にも、思い出すことはたくさんあるのですが
10年たった今
当時 英雄と称えられた消防士は、粉じんを吸い込んだために肺がんやぜんそくを患い
オサマ・ビンラディンは殺され
何万人という一般人が誤爆の名のもとに犠牲になり
たくさんの若者が 戦地で死んだり、体の一部を失ったりしました。
「報復」では、何も解決しない
負の連鎖を止めることはできない
私はそう思います。