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さてさてアンディとも気心も知れたある日の午後、私達はその日の仕事をそそくさと終え、颯爽と自宅に帰ろうとしたら、突然アンディが「今日は家まで遅れない」と言い放ってきたので、なんだか腹がたちまして(自分の英語力の至らなさに腹もたってたんでしょう、アンディと仲良くなれたのに意志の疎通が100%できないジレンマもね)
片言の英語で、「こんな所でいきなり歩きか路面電車でかえれるか!」とアンディと口論になり、仕方なく道ばたを、トゥーラックと言う街から我が家があるユニオンストリートまで歩いていると、後ろから車の警笛が、振り返ると奴でした、そう。アンディ、窓から「さっきはごめん、兄貴に残業を言われて、送る気にならへんかったんや!MOMO乗れや!送るから!。。この日を境目にアンディとは本当の親友になれた気がします。その夜アンディと我が家のシェアメートを交えパブに飲みに行きビリヤードして、次の日はお互い二日酔いで仕事しました。
片言の英語で、「こんな所でいきなり歩きか路面電車でかえれるか!」とアンディと口論になり、仕方なく道ばたを、トゥーラックと言う街から我が家があるユニオンストリートまで歩いていると、後ろから車の警笛が、振り返ると奴でした、そう。アンディ、窓から「さっきはごめん、兄貴に残業を言われて、送る気にならへんかったんや!MOMO乗れや!送るから!。。この日を境目にアンディとは本当の親友になれた気がします。その夜アンディと我が家のシェアメートを交えパブに飲みに行きビリヤードして、次の日はお互い二日酔いで仕事しました。
さて先のブログで書いたメルボルンでの労働記ですが、私を雇用してくれたのはギリシャ系オーストラリア人のハリーマツオカと言うナイスガイ、日本の松岡さんでは無くて、MATSOKKAと言うスペルです。彼にはアンディと言う弟がいて、僕はアンディとパートナーになり毎日を過ごした訳なんですが朝8時半に我が家まで迎えにくる約束なんだけど、一度も時間通りに来た試しがないんですよ。。 しかも一度信じらんない事がありまして我が家から45分くらいかけて到着した現場でいきなり忘れ物をしたとアンディが言うので再度車に乗ってとりに帰ると、それは何とラジカセではありませんかー!無音の空間で仕事するのが彼には耐え難いらしく譲れない一品だったんですねアンディ君。次回に続く