今日のメニュー
フルスク(120kg)
クリーン(100kg)
100m流し×4














昨日みた夢です…


俺が日曜日の昼間に車で帰宅途中、家から一番近いバス停で女バスの皆さんがバスを待っているのが見えました

俺「なにしてんの」

キャプテン『練習試合の帰りなんですー』

俺「バスあとどれくらいでくるの」

キャプテン『2時間半後ですー』

俺「は?あせる…みんなで俺んちでバス待つかガーン?」

みんな『わーいアップ



そして総勢12人がうちに来ました

俺は一緒に遊ぶわけもいかないのでお茶だけ出して2階で1人寝ていました


数分したら俺の部屋の前に何人かの足音が聴こえた後、会話が聴こえきました


?『大丈夫?』

?「開けてみて…」

?『寝てる?』

?「うわぁ寝とるぅ笑」


ガーン


?『ホンマに寝てるか確認しよ!』

ガラガラ!!(ドア音)

?「よーし!顔、スリッパでしばいてみよ!」

バチコーーン!!(イタいってショック!ドンッあせる)

?『なにやってんの!弱すぎるって!スリッパ貸して!うちがやるむかっ

バキーー--ン!!(コラショック!ショック!真剣痛いあせるあせる)

?「よし!大丈夫や!ちゃんと寝てるわ!」

?『これで安心して冷蔵庫のウインナー食えるな!』

?「早よ食べいこ!もう茹で上がってる頃やろし!」



お前ら腹が減ってたのか…

先生気づいてやれなくてごめんな…

でも100歩譲ってもやることひどくないか?


俺は1階に行こうと階段を降りました

すると


『ウォーン、ウォーン』

「ウォーン、ウォーン」

苦走道-is.jpg

き、き、君たちーショック!!?!?

全員、バ●オハザードのゾンビなっとるやゃーないかーショック!ショック!DASH!DASH!

大変やぁショック!

早く副校長に連絡しないとあせるあせる


てか、女バスのみんなごめんな…

俺が家に呼んだばかりにゾンビさせてしまって…

俺、お前らに結局なにもしてやれなくてごめんな…

それよりビックリマークハンドキャノン(バ●オハザードの武器)で、早くゾンビどもをブチ殺さないとショック!DASH!DASH!DASH!DASH!

でも先に副校長に連絡しなアカンかいなショック!!?


あぁあせるどっちやぁしょぼんしょぼん



















といってる間に夢が覚めましたひらめき電球

カギ使の見すぎですかねガーン
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完全休養
















高校3年のインターハイ京都府内予選、リレーの準決勝の時に左足太もも裏を肉離れ?しました

直後は立てなくて、歩くだけで筋肉が切れる様な激痛がありました

1年後、右膝を手術しました

結局、試合に出れたのは大学2年の4月でした

試合で走れなかった1年10ヶ月間、いやなことばかりありました

でも試合で走り終えた時、脚が痛くなかった嬉しさと忘れかけていた清々しさがありました

タイムは100mで11秒8ぐらいでした

それから半年で11秒25までタイムを上げました

「来年シーズンは11秒1出して10秒台も狙う!」

と、気合いを入れていましたが

一冬越えて大学3年

試合にでると11秒9や良くて11秒6でした

凹みました

最後の希望をもって走った7月の京都の試合でも不本意すぎる結果…

その直後から

「本気ってなんやろ?」

「速く走る為にホンマに必要なことてなんやろ?」

と気持ちにスイッチが入りました

それから2ヶ月で高校の自己記録を更新する11秒00、その後丸1年の間で10秒94→10秒86→10秒77まで更新できました

「来年は10秒6や5や!」

と考えていました

一冬越えて、科目等履修生1年目の3月の沖縄合宿で右足、太もも裏を筋挫傷しました

東京に帰ってきて、数週間後に出た記録会で、また同じ箇所を筋挫傷しました

5月、交通事故で一泊入院しました

6月、練習に遅刻して挨拶しなかったことで、先生にボコボコいかれて下級生が練習する中、グランドの草抜きをやらされました

7月、京都での大会、先月に先生にボコいかれてたこともあり「タイムを出さなきゃ人生の敗北者だ」と思い、走ったら自己新の10秒74でした

「来年はウエイトをせずに走ることに集中して10秒4で引退や!」

とアホなことを考えて、ウエイトをせずに一冬こえた2007年

11秒が切れません

そこでウエイトが必要不可欠なことに気付かされます

夏休みウエイトしかやりませんでした

11月、最後の大会で10秒79

ギリギリやったった感でした

再起を誓った2008年、京都に帰ってくる1ヶ月前の沖縄合宿で右足の付け根に異常な痛みを感じました

京都に帰ってきて試合に出ましたが、タイムも遅く、痛みも悪化しました

半年後なんとか出した11秒14がその年の最高記録になりました

10秒台が出なかったのは4年ぶりでした

「もう11秒切れないかもしれない。いや…俺の今の自己ベストは11秒14なんや。ここからまたスタートや」

と、自分が一番パフォーマンスを発揮できる精神状態に気持ちをセッティングしました

2009年、序盤は出遅れたものの7月には10秒台で3回走れました




こうやってふりかえると、怪我やうぬぼれから(自己満足の範囲内で)必ず逆転してこれています

速く走れない自分が他のどんな自分よりも大嫌いだからです


今回、試合を棄権しました

次の試合も走れないかもしれません

その次もまた走れないかもしれません

そして、そんな感じで

「もう別に速く走らなくてもいいやん」

と、俺の陸上が終ってしまうならそれはそれでいいと思います


でも、過去何度もこれと同じことを考えてました

その度、時間がかかっても必ず試合で逆転しました


今回は、どれだけ時間がかかって最終的にどうなってるか楽しみです