厚生年金非正規へ適用に意欲私は若い時、社会生活で必要な知識や制度といった物を何も知らなかった。今でも、世間知らずでお恥ずかしい限りなんですけどうちの実家は機舶s全虐待家庭で、外界の情報と接する事を父親に厳しく監視制限されてて、また知らない事があっても気軽に聞けるような雰囲気じゃなかった。今みたいにネットもないから、情報もどこからどう引っ張ってくればいいのか、見当もかなかった。そんな訳で歳で監視から逃げるように単独上京したのだが、歳過ぎになった位の頃、電話で母親に年金入ってるときかれてそれなあにといったイセントな会話をしてしまい、母が驚いて加入を勧めたのだが、母親にも時代錯誤なとこがあったので、にわかには彼女のいう言葉を信じるのは危ないな、と思った。ということで、己は当時年代は色んな会社でアルバイトしてた事もあり、そこで働いてる自分より年上の人達に年金とはいかなる物かと尋ねた。これはその時の、さん当時代男性との会話概要。私母親が年金だけは入ってくれというのだけど、私は世間知らずで、どうすればいいのか判らないさん国がやってる年金制度なんかシステムが崩壊してるから、払ったって将来貰えないよ。払うだけ無駄。それより、自分で民間の会社探して保険に入って、齢とった時、貰えるようにしておいた方がいい私ええ、そういう酷い制度そのままにして、後は野となれ山となれなのだったら、私も年金に加入しないそう思って、国を信用せず、ずっと年金は払わず。しかし、自分で保険探そうにもどれが良いのか判らず、民間は倒産も心配で、これも躊躇。家出同然だから仕送りもなし、一人暮らしで収入が不安定なアルバイトの身では毎月、万単位のお金を払うのもしんどかった。そして何より若かったからまだ先の事だし、そのうち何とかなると思って、それよりも今を生き抜くのに精一杯で、今の生活費が優先だった。そこでズルズルと、年金も払わず、何かの保険に入るでもなく、月日が流れた。私の場合、色んな事情があった為、自ら望んでアルバイト雇用だったが、年金は母に頼むから、入ってくれと、その後も長期にわたり、あまりにも何度も強く願い出されたので、根負けして年金を払う事を考え始めた。それでも国への信頼はなかったので、先に、年金にいての相談窓口に行き、自分の思う疑問を出した。その時の概要。私年金は私たちの世代だと、人口比率的にも貰えなくなるので、入っても意味がないと昔、職場の人に聞いたんですが窓口そんなことしたら国民の俣ョが起きますよ。国策として、そんなことはありえないから安心して下さい私でも、システムとして考えると将来的には無理が出てきますよね。母に年金だけは入ってといわれてるけど、母は昔の人間で、今の御時勢には疎いとこがあるから、彼女の昔の常識を鵜呑みするのには躊躇してるんです窓口本来、年金加入は国民の義務で、歳超えたら全員入らなくてはいけないものなんですよ。どうしても心配なら他の保険に併せて入ってもいいけど、義務を果たさずに他に入るのは順序が逆ですよ日本人の国民性からして、いざ年金払えませんといわれても、国に対して俣ョなんかせずに愚痴言って泣き寝入りだろうと思ったが、これも少ない親孝行の一だと思って、国民年金に入る事にした。今までの未払い分を、加算して払う期間があったのはきかった。また、私は持病で働けない時期も結高烽閨A一時的に収入が殆どなく、その日暮らしで精一杯だった時は払いたくても払えず、金額を免除して貰ったりした。その後年金のことを、はっきり意識したのは、自分が機舶s全家庭で育った影響が本格的に楓ハ化し、障害を発症した時だった。その頃はの症状発作が特に酷くて、社会生活や働く事自体が困難な状態だった。は治癒はするそうだが、い治るかは判らない物だといわれ、文字通りこの先、普通に生きていけるんだろうかと思った。さて、こうした障害者を救う為の公的なサービスが幾かあり、医院ではいざという時には、それを受けるような形で話が進んでいたのだが。年金を払っていない期間があるということで、私はそれらの公的援助を受けられない条件的に、受けるには難しいことが判ったのだった。私は年金というと、齢取った時に受け取れるかもしれない物であるという認識しか持っておらず、今すぐに年金の保障が必要になる制度が他にあるなんて、その時まで知らなかった。、年金って齢を取った時だけじゃなく、若くても、いざという時にも関わってくる物なんだ。だったら、最初から公共機関も、そうした説明も、最初からもっとしてろよと思ったが、今更なんともならないので、とりあえず死なない為には、自分の力で、出来る限りの事をやるしかなかった。どちらにせよというのは、トラウマに関わる事に接すると発作が出るという病なので、障害者手帳を持事や通院自体がトラウマを想起させるためそれが出来ず、自分で何とかする以外の方法しかなかったのだ発症から年目。困難や紆余曲折はあったものの、現在は様々な幸運な出来ごとのお陰で、の症状は、生活に支障がない位に治癒。更に解離性症状も併発していたという事が後に判ったのだが、それも迄I療法と共に消滅した。途中まで治る先行きも見えずに、一生、このままを覚悟してたから、やはり自分は悪運がいいとしかいいようがない。話は少し横道にそれたけど、こうした体験上年金というのは義務で、年金を払っていれば国から受けられる公的な生活支援というのは老後受給以外、他にもあり、いざという時に年金未払いだと、その公的な援助が受けられない事があるというのは、若い人でも知っておいた方がいいように思う。私も、まさか生活が出来なくなるほど重症の障害を若くしていきなり発症するとは、夢にも思ってなかった。自分の場合、運良く治癒に向かったからいいけど、それでも症状が出ても、普通に困らない程に日常生活が出来るまで年かかった。解離に至ってはそれ以上だ。その位の、あるいはそれ以上の年月に耐えきれない人の場合、あるいは治らない人の場合は、生活どうするんだろうと、人ごとながら気に掛ったりする。ただ、己が公的年金を納めてるとはいえ公的年金の制度自体は、既に問題先送りの、非現実的な現状になってるという私的な見方は、年金を払ってなかった頃から変わってない。公的年金を払わない人がいるというのも元をただせば、根本的なこの問題を国側が解決してないから、不信感で払わない人が後を絶たないんであって、ここが解決しない限り、どの政党になっても、誰が党首になっても、多くの人に賛同を得られるような打開策は、そう簡単には出せないんじゃないかと思う。また、今までずっと政治自体がこの問題にいて、深く踏み込めずにズルズル放置状態だったんだから、そこでいきなりポッと妙案なんて、出てくる方が都合良すぎるだろう。物が何にせよ長い年月放置したツケというのは、そう簡単に変えられる物じゃない。だから、これって今の政党や党首、政策といった視点よりも大きく捉えて、国全体の、今まで長期に渡る、その現実逃避とズルズル感の積み重ねが、一番の問題だったんじゃないかとも思う。世間知らずの戯言に過ぎないかもしれないけど。ちなみに今は国が年金支払いをしない、させない方向に持っていくということは日本の国民性からすると過激すぎて、選挙の結果と与野党内の反発恐れて、そうなる可柏ォは低いんじゃないかという風に考えが変わってる。その代わり、支払い時期の引き延ばしや、受給額減額の可柏ォ、年金供給の為の、国の借金増大等の方が、現実的には問題になる気がしてる。