先日父の体調不良で足を運べなかった

東フィルの第九ですが、第九がなぜに

こんなに人気なのはやはりキャッチーな

合唱部分の4楽章があるからだと思います。

誰もが知るいわゆる「歓喜の歌」あの

メロディ、それ故でしょう。


ワタシがなぜ好きなのか考えてみるとやはり

その精神性の高さ、尊さに心動かされます。

1楽章の混沌のニ短調から最後は歓喜の

ニ長調へ。ベートーヴェン以後の作曲家

もそのニ短調からニ長調への流れにとても

影響を受けて作曲していますね。今更ワタシが

こんな解説するのもお恥ずかしい話では

ありますがチュー 


オーケストラのメンバーさんも何度も何度も

繰り返し演奏会があってもそのベートーヴェン

とベートーヴェンの作品の偉大さ、精神性の

高さに畏敬の念を抱くからどんなに演奏回数が

多くても毎回一期一会の全力での献身に

繋がるのでしょうね。プロオケで第九を

やっつけで演奏してるのを体験したことは

ありません。毎回心に残る素晴らしい体験

をしてきましたおねがい


今年は残念でしたが、来年は無事オーチャード

ホールで聴けるように願っています。


歓喜に寄す、シラーの詩ですがドイツ語を

完全に理解しているわけではないのですが

そこには詩の、言葉のパワーがあり

良い言葉こそに良き魂が宿る、そのことを

実感します。


「良き魂は良き言葉に」は、その人の内面的な

品性や精神性が、自然と話す言葉遣い、

内容、態度に表れるという深い意味を持つ

言葉です。心をきれいに保ち、思いやりの

ある精神を持つことで、発する言葉もまた

自然と前向きで、優しく、思慮深いものに

なる、と感じます。

  • 「心あるところに言葉あり」
  • 「言葉は心の鏡」
  • 「内面の豊かさが言葉を豊かにする」

日々の生活の中で、誠実で思いやりの

ある心を持つことが、円滑で前向きな

コミュニケーションを生み出す第一歩と

なるんでしょうね。


いくらいいことを言っても乱暴な言葉には

良き魂は宿らないと感じますし、でも

それはあくまでも自分自身の問題だとも

感じます。綺麗な言葉を上っ面と感じるか

汚い言葉遣いには人間性が映し出される

と感じるかは相手の問題ではなく総て

自分自身の内面の問題です。


ワタシは美しい言葉や言葉遣いをキャッチ

していきたいですねおねがい







下矢印一昨日のBunkamura 
オーチャードホールです照れ





2025/12/23 小桜🌸