起床
朝3時に起きた。
いつも「朝3時」と呼んだらいいのか、「夜3時」と呼んだらいいのかわからない。
普段はこんなに早く起きることはないが、今日は起きなければならない理由がある。
会社のゴルフコンペがあり、集合時間が決まっているからだ。
特に車の無い俺は、車で先輩に迎えに来てもらうことになっている。
しかもその先輩とは初対面だ。
先輩は2時に出発され遊ばれなさっている。
これで俺が遅刻したら絶対に怒りを買う。
きっと
「本当に家族を想うちょるんなら、生き恥を晒すな」と言って俺を焼き殺すだろう。
往路
心の弱い俺は先輩に「家まで来てくれ」とは言えず、駅のロータリーで待ち合わせをすることになった。
先輩は 「西口に行くね」と言った。
俺の家は東口側だったが 心の弱い俺は「はい。お願いします」と言った。
なので、アホほど重いゴルフバッグを持って駅の反対口に向かった。
道中で俺は気づいた。
この時間だと駅の中は通れないのか。
駅の反対口に行くには駅の中を通らない場合、迂回に10分はかかるし、歩道橋を通らねばならない。
「貴様こんな重いものをもってこのスピードで動けたのか!?」
とバトル漫画風に煽ってくる人がいれば、ノリでもっと早く動けただろうが、そんなやつは冷静に考えて存在しない。
危うく遅刻するところだったが、なんとかギリギリ3分前に待ち合わせ場所に着いた。
すでに先輩2人が車に乗っていて、自分も乗せてもらい、3人でゴルフ場へ向かうことになった。
先輩たちはとても優しかった。
色々話を振ってくれて、時に冗談も交えて笑わせてくれた。
先輩はそれぞれ自分の2つ、3つ上だった。
歳も近い。友達に近い感覚になりやすかった。
なので、俺も調子に乗ってボケ始めた。
だがあまりうけなかった。
その後 先輩から、
「ラウンドが初めてなら寝てた方がいいよ。体力勝負になるからね」
と言われた。
何て優しい先輩なんだろうと思いながら、お言葉に甘えて寝ることにした。
だが寝ようとし始めたとき、あることが頭をよぎった。
寝ろってのはもしかして、俺のボケが面白くないから寝てろってことなのか?
戦力外通告なのか?
心の弱い俺はそんなことを考え始めたらなかなか寝れず…と思いきや爆睡した。
開会
千葉のマザー牧場の近くにあるゴルフ場に着いた。
千葉で20年以上暮らしていたので、千葉だと感じるだけでなんだか安心する。
買ったばかりのゴルフウェア、帽子を装着して初めてのゴルフ場(クラブハウス)で、女子更衣室に入らない程度に彷徨いながら集合場所へ向かう。
開会式を行った。60人以上の精鋭が集う。貴重な日曜に朝6時集合した者達だ。面構えが違う。
ラウンド
解散後、同じラウンドの仲間3人に挨拶をし最初のホールへ向かった。
全員男性で年はバラバラ。50代、30代、そして同い年。
同い年の男性はガタイがよく、短髪でハキハキと喋るやつで、挨拶のたびに帽子を取り頭を下げるやつだった。
俺が組分け帽子でやつの頭に乗ったら「グリフィンドール」ではなく「野球部」と叫ぶだろう。もはや寮なんてどこでもいい。
初ラウンド1ホール目1打目。
とうとう自分の番が来た。
この日のために何球 打ちっ放しで練習してきたか思い出せ。
ゴルフだけではなくその他の努力も全てこの1打に繋がっている気がした。
体から自信とともに力がみなぎってくる。
これならいける!そう思った。
グリップと立ち位置(アドレス)を丁寧に確認し、ゆっくりとドライバーを振り上げ、そして振り下ろした。
俺の本当のゴルフ人生が始まる。
いずれはゴルフ界の大谷翔平と呼ばれる日が来るかもしれない。
記念すべき1打目はどこに飛んでいくのか。俺は前方を見た。
だがそこには景色しかなかった。
ボールはピンの上に残っている。
人はこれを「空振り」というらしい。
愉快なラウンドの仲間たちはもう一度やっていいよと後ろから声をかけてくれた。
だが俺はなぜか振り返ることができなかった。そしてもう一度振った。
2回目は当たったが、全然飛ばなかった。
こうして俺の初ラウンド、初ゴルフコンペは幕を閉じ…ではなく開けた。
その後のラウンドは、実はとても楽しかった。
仲間たちは初心者の自分に優しく色々と教えてくれて、同い年のやつは常に励ましてくれた。
もともとこのコンペに参加したのは役員の1人に誘っていただいたからだ。
ランチをご一緒したとき、
「コース回ったことなくても全然大丈夫だから来い」と言われた。
確かにみんな優しいし、コミュ力が高い。
落ち込んでるときなんか、自分がこの会社で一番腐っててコミュ力が無いやつだなんて思ったりもするくらいには皆すごい。
話は脱線するが、俺の打球は某国のミサイルよりも色々な場所に飛ぶので、俺は犬のごとく飛んで行った球に向かって走り続けた。
だが、走ってて気持ちがよかった。
ここで少し考察をしてみた。
俺はランニング自体はあまり好きではないが、ゴルフで走り回るのは楽しいと感じた。
その理由は、ランニングに走る以外の目的が少ないからではないだろうか。
一方でゴルフの時は、走った方が進行がスムーズになるし、ボールという目的地がある。
つまり何が言いたいかというと、俺は犬に向いているということだ。
閉会
さて、そんなこんなで最終スコアは136 だった。
その時はそれがいいのか悪いのかわからなかったが、後日現場の上司とランチした時にそれを言ったら「いいじゃん!150ぐらい行くと思ったよwww」と言われたので、多分初心者的にはいいんだろう。
ただ馬鹿にされただけのような気もするが、きっと勘違いだろう。
すると閉会式の時間になった。
タダ飯だったので、いろんな表彰がされる中、俺は器用にも拍手しながら飯を口に運び続けた。
(あとから気づいたがこれを実現するのには腕が3本以上必要だ)
俺の名前が呼ばれるはずがないと思った。
しかし、俺が焼きそばを口いっぱいに頬張った時、俺の名前が呼ばれた気がした。
俺が呼ばれたわけない。どこかの焼けた肌がよく似合う洋楽好きな人だろうと思いつつ、焼きそばを口いっぱいに頬張ったアホ面で俺はゆっくりと顔上げた。
すると みんなが俺の方を見ている。
俺だった。
俺は手を上げ、席をたち、ステージへ向かった。
会社の役員も含め、みんな俺の滑稽さに爆笑した。
司会進行の女性は言った。
「ブービー賞です!おめでとうございます!」
ブービー賞が何だかわからなかったが、景品がパター練習セットだったので勝ち誇った顔で受け取った。
後ほど判明したが、ブービー賞とはビリから2番目のスコアのやつに与えられる賞である。
決してドヤ顔で受け取る賞では無い。
帰路
帰り道、アクアラインで死ぬほど渋滞したせいで3時間以上はかかったが無事に帰ることができた。
ラウンドの仲間とは閉会式後に、行きと帰りを共にした先輩たちとは別れ際に感謝の言葉と握手を交わし、仲良くなれた。
家に帰ってほっと一息ついた。
正確にはアクアラインから爆発寸前だった膀胱をトイレで爆発させた後で一息ついた。
紅茶を入れ、間接照明をつけ、ソファーに座り、テレビをつけた。
そして俺は今日の全てを振り返り、最後にこう思った。
俺、貴重品ロッカーに財布忘れてきてね?
完