続きましては「高館 義経堂」。
これ、何て読むと思います?
正解は「たかだち ぎけいどう」と読みます。
旅行に行く前から母に「よしつねどう」と言われていたのでてっきり「よしつねどう」だと思っていたら、現地の人が「ぎけいどう」と言ってるのを聞いて勉強になりました。
さてこちらが義経堂の入り口です。
この階段を上りきった後、更に左手に階段を上ると義経堂に到着です。
今回の様に冬に行くと、2つ目の階段は雪でつるっつる滑るのでご用心。
兄・源頼朝に追われて義経がたどり着いたのがここ平泉。
ようやく逃げてきたのに、頼朝の圧力に耐え切れなくなった藤原4代泰衡に攻められ、文治5年(1189)閏4月30日に自害したのがこの義経堂の地だそうです。
鎌倉幕府が始まる3年前の出来事なんですね。
そんな事実を知ると、ちょっと義経公像が悲しげな目をしているように思えてきますな。
ちなみにこの公像、天和2年(1683)に仙台藩主4代目の伊達綱村公が義経を偲んで建てたのだそうです。
印象としてはとてもひっそりとした佇まいで、質素なお堂だなぁ。
時の権力者と喧嘩すると、弟とは言えども悲惨だなぁと思いました。
さて、入り口から一つ目の階段を上りきり、右へ向かうと芭蕉の句碑があります。
「夏草や 兵共が 夢の跡」
この句碑の辺りからの景色がこちら。
高台に上っているので絶品な景色です!
芭蕉もこの景色を眺めながらこの句を詠んだらしく、そう考えるとちょっとアンニュイな気分になった義経堂でした。
義経堂HP→★




