日産、トヨタ立ち上げの歴史。
アメリカから帰国したのは1908年、その2年後に九州の戸畑に鋳物工場をつくる。
戸畑鋳物の経営の傍ら、親戚筋に当たる鉱山などを持っていた久原房之介の事業も
引き継ぎ、昭和に入ってからは多くの企業を傘下に収めて日産コンツェルンを形成する。
本人も自分のことを三井や三菱などの既成財閥に比較して野武士であると認め、
彼らが手を出さないからこそ自動車事業をするのだといっていた。
日本人の主導で自動車メーカ一を立ち上げるのは
困難であると考えていた鮎川にチャンスがやってきた。