今朝の朝日新聞1面トップは就職活動についての記事だ。
就活にはネットが不可欠。その就活サイトは、属する学校によって見える箇所やアクセスできるレベルの範囲が違うという。上智大学の学生はアクセスできても、日本大学の学生はできない、というのだ。
http://www.asahi.com/articles/ASG3T3CDMG3TUHBI00K.html
現役学生に言わせると、そんなの常識、なのかもしれない。
経営コンサルタントの大前研一氏の近著『稼ぐ力』の最終章には、偏差値教育からの脱却が提言されている。もはや東大をはじめとする偏差値を価値基準としたヒエラルヒーの役割は終えた、という見方だ。
http://www.hmv.co.jp/userreview/bookreco/product/5455137/
そうした偏差値エリートでないわたしが言うのもなんだが、あと5年もすれば、この「国公立プラス早慶上智至上主義体制」は終焉を迎えると予言したい。それはなぜか。
①情報化の進展
もはや、世界レベルのトップクラスの大学の講義がネットでだれでも視聴する時代を迎えている。
偏差値の高い学校(しかも日本のなかだけでの!)の授業は果たして公開できるレベルだろうか。学校は勉学するところ、と多くの教授は口をそろえるものの、世界標準を目指す(目指さざるをえない)局面に早晩至るなか、その屋台骨じたいが危ういだろう。ひょっとすると裸の王様ぶりが明らかにもなりかねない。
http://ee.asahipress.com/detail_p_s.php?class_code=108172&graphic_num=5
②国際化の進展
これまで国内大学にいけない学生の受け皿の側面もあった海外大学。その潮目が変わってきた。大手予備校が、本腰を入れて海外進学のコースを作り出している。企業だけではない。いよいよ若い頭脳も日本を棄てて海外に飛び出しつつある。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ140AV_U4A310C1TJ0000/
③就活力のものさしの変化
ゆとり教育で、国内トップクラスの大学生といえどもリテラシーのおぼつかない学生が増えている。早慶クラスでさえ、エントリーシートの論理性はもとより誤字誤植が散見される。さらにコミュニケーション不全の学生も、学力レベルを問わず増えている。「安全」「安心」「確実」のブランドが揺るげば、たちまちその威力は低下する。これは食品業界だけのはなしではない。
昔から、マスメディアに取り上げられるようになれば流行も終わり、といわれている。むしろこれからの学生には、どこの学校に属しているかではなく、どんな学生時代を送ったかが問われているといえる。