転職の話は、採用試験を受けるずっと前に一度、彼に相談した。
今よりも勤務地が遠くなってしまうこと、
勤務地が遠いから、もしかしたら引っ越しするかもしれないこと。
「通勤時間どのくらいになるん?」
2時間弱くらいかな、と答えたら。
「けっこう大変やなぁー」
そう呟いたきり話は流れてしまった。
それ以来、何となくこの話は出せなくなった。
彼が、昨年の、ちょうどこれくらいの時期から年末にかけて
転職活動していたときには、
応募書類をつくるときも、筆記試験の朝も、面接試験の朝×3も、
早起きしてLINEして励まして送り出したのに。
試験が終わった後は感触を聴いて、大丈夫と幾度も励ましたのに。
私は、採用試験を受けたことも、内定をもらったことも、
転職すると決めたことも、何一つ彼に話せていない。
彼から受け取る幸せを、肉体の快楽に限定しているのは
他でもない、自分自身に違いないのに。
私が彼にしたみたく、私にも、そんな風にしてほしかった。
代わりに、ではなく当然に。夫さんは物凄く応援してくれた。
採用試験だけに集中できるようにと、いつも以上に家事は免除され、
面接の日は早く帰ってきて不安げな私をひとしきり励ました後は
邪魔にならないようにと2時間ほど外出して、
夕飯の買い物まで済ませてくれた。
ありがたいな。素直に、そう思った。
私が向き合うべきは夫さんであって、感謝すべくは家族であって。
そんな当たり前のことを思い出して幸せな筈なのに。
心の奥底は、数か月後に失うであろう
彼のことでいっぱいになっている。