Streptpcoccus foecalis 入りの歯磨き
わかもと製薬は、11月1日に乳酸菌入り薬用歯磨き「アバンビーズ」を発売する。これまで、オーラルケア製品で口臭予防目的に配合されている乳酸菌だが、歯磨きへの配合は初めて。乳酸菌であるストレプトコッカス・フェカリス菌の一種を、清掃剤(歯垢除去成分)として配合している。
ストレプトコッカス・フェカリス: 直訳すると糞連鎖球菌なのだが、イメージ悪くしないかしら。
今日は雨で早朝テニスができない。のんびりと株価やメールをチェックしている。久しぶりに好物の生卵をご飯にかけて食べる予定。
テレビが壊れて半年ほど。通販でテレパソ購入申し込んだ。20万円。
この金額は半年分の生活費に相当するが、それだけの価値があるかもしれない。楽しみにしている。
10年ぶりにデジカメ買った。随分進歩しているのに驚愕。お金は使ってみるものだ。
スズメバチの退治方法
スズメバチの退治方法
先ほど患者さんから教えてもらった、スズメバチの退治方法を紹介する。
粘着剤によるネズミ捕りを反対に折って蜂の出入り口においておく。すると蜂の羽に粘着剤がついて天井裏から毎日数匹落ちてくる。しまいにはいなくなるそうである。
これだと天井裏の見えないところの作られたスズメバチの巣を容易に退治できる。しかもエコロジカルである。
追試結果を求む。
FTPつながらない
ホームページ用に作ったファイルをリンクさせないままアップロードした。病院の古いコンピューターはCDに書き込めないし、フロッピーは安定性がない。そこで、直接FTP使ってアップしたのだが。
本日ダウンロードして完成しようとしたらFTPサーバーにつながらない。
データ保存に使用したとみなされたのかな、と心配になったが、、まさかー。
サーバーの不調だろう、とのんきに構えているが、
日曜日だから更新したいのに、ぶつぶつ・・。テニスしてこよう。さようなら。
その後の経過
手足口病
手足口病が学童間で流行していた。これはウイルスによる疾患で病原体も一種類ではない。
大人は通常罹患しない。
かかっちゃった。
まず3日ほど前に右手の候に3ミリ経ほどの赤い水疱ができた。棘でも刺さったのが化膿したかと思って潰して棘を探したが見つからない。
昨日 水泡がもう一個できた。初めて、牛で云えば口蹄病、人で云えば手足口病に該当する疾患であることに気がついた。
今日は5個ほど気がついたが、枯れてきているから抗体は立ち上がったのであろう。
テニス大会
テニス大会20人参加、二位だった。その後皆で飲み会、弾みがついて二次会に行く。
完全記憶喪失。気がつくと家で寝ていた。
逆行性記憶喪失というタイプで、後からさかのぼって記憶が失われるようである。酩酊時は意外としゃんとしていて、まともな文章を書いていたりする。お金もきちんと払っているようである。
でも、やはり気持ち悪い。お酒はほどほどに。
風邪
生物同士の争いが熾烈なことは頭では判っていたが、経験してみるとすごいものですめ。
この年になるとあまり風邪を引くことが無い。大抵のウイルスに対して抗体を持っているから。
今朝テニスを元気でして、診療所に行くと鼻炎の発作が始まった。通年性アレルギー性鼻炎かと思ったが、いつまでたってもいくら薬をい飲んでも収まらない。ここまで激しいのは感染症。
はて、いつ誰からうつされたのだろうか。心当たりが無い。
さては生卵からか、
生卵大好きで玄米のお粥に卵を入れて食べている。インフルエンザにかかった鳥の肉や卵を出荷許していtるので、ウイルス汚染の可能性がある。
経口感染の症例が無いといって、許容したとのことであるが、鼻粘膜から感染するものは当然に口腔粘膜から感染できる。H5N1かもしれない。
一日中鼻水を拭いていて家でお酒飲むと抗ヒスタミン剤が見事に効いた。でも、百薬の長が効きすぎた。
この話は、ちゃんとしたファイルに後ほどまとめることにします。(H5N1の経口感染)
おやすみなさい、zzz
嘔気
昨晩ひどい吐き気に悩まされた。水をたくさん飲んでほんの少しだけ黄水が出た。
胃液の分泌が盛ん過ぎたようだ。寝汗もすごく、真夜中に風呂に入ってシャツを着替えた。
クーラーをかけ、薬を探した。スコパラミンとH2Blockerがあったので、助かった。
朝、軽い頭痛がするのみでなんとも無い。昨晩、飲んでばかしで食べなかったのが悪かったか。今朝は韮粥作って食べる予定。
皆さんも健康には注意してください。こんなに苦しかったのは久しぶりで改めて健康の大切さを意識しました。
日曜日の一日 9月4日
5時起床、6時半テニスコートへ梨とチェリーセージ、白の桔梗、持って行く。三人しか居ない。そうだ、今日はテニスの試合の日だった。
私は遊びと健康のためにテニスしているので、対外試合にはでない。でても負ける。
8時半帰宅、シャワー浴びて服を着替えて、ホームページの更新作業に入る。
11時、疲れたので外にでると、草ボウボウ。普段は忙しくて気がつかなかったのだが、かなりの荒れよう。
鎌などを持って草取り始めるに、果樹園の方にも上って行った。
つる草などとの奮戦2時間、なんと雨が降り出した。私が野良仕事すると雨になることが多い。神様の御褒美?
長袖に長ズボン、軍手ではまだかなり暑い。家に飛び込んで再びシャワーと着替え。
それから洗濯、昼ごはんは玉ねぎ、モヤシ入れただけのラーメンにトマト一個。
洗濯物を干して、少しデスク回り片付けて、読書。そして、今はこのブログでくつろいでいる。
これからはホームページの更新WHOの方をつついて、ウォツカの水割り飲みながら将棋したりイカや秋刀魚の刺身を作る予定。寝るはおそらく8時ごろだろう。
昭和50年代の歴史
昭和50年代の医学
髄内釘
長管骨、例えば大腿骨、の骨折の際、キュンチャー釘以前から骨髄に金属を入れて整復された位置を保つようにする方法はあったが、釘が細くて固定がしっかりせず、強度も十分でなく体重負荷は無理だった。
キュンチャー釘が工夫されて話は一変した。大腿骨や脛骨の骨幹部の骨折のファーストチョイスはキュンチャーネイルとなった時期である。
最初のうちは良い方法だが難しい、という人が多くいた。私が昭和52年、生まれて始めたした手術がこれで、古い先生は、基本手技の一つになったなーと感心、先輩の一人は私が3年間できなかったことを来てすぐした、と嫉視した。
ギプスが不要なので関節の動きが悪くなる心配が無く、また杖なしで歩行、すぐできるので、従来の方法との差は歴然としていた。 完全に普及するには数年かかり、適応があるのにプレートを使って偽関節になった人も多く、偽関節の手術も多くした。
OA法の普及
ヨーロッパの研究グループが骨折の新たな治療方法を開発していた。骨は圧迫を加えて動かないようにすると仮骨がほとんどできずに癒合する。創傷の治癒の仕方は縫った場合一次癒合、縫わずに創面が開いた状態で治癒するのを二次癒合というが、それにちなんで骨折の一次癒合という言葉ができた。
プレートで固定する場合、大きくて丈夫であり、下腿の場合でも術後の外固定は不要であるので、従来の方法に比べてその優越性は明らかであった。
ただ、従来の方法よりも手術野の展開が大きくないといけなく技術を要した。初期の学会ではAO法は良くない、などと発表する医者がいた。AOの道具を用いてはいるがAO法で無い手技しか用いずに良くない、などと平気で云う大学教授がたくさんいたのです。
私の先輩も、「AOじゃないといけんように云う。」などと、理解が少ない人が多かった。