人が人に何らかのコンタクトを謀るときに用いる手段の一つとして「話しかける」という方法があります。
ですが「話しかける」という行為は普段あまり身近なところには転がってはいないものです。
街頭の町並みであろうと家の中であろうと、その行為は全体の3%むしろ
「話しかける」という行為は人生の全体の0,08%を占めているか占めていないかでしょう。
たとえ「話しかける」仕事だとしても、微々たるものだということです。
そもそも大抵の人間は約45~55%の人生の時間を寝てすごしています。
それ以外の行動は必然的に少ないパーセンテージを示しているという結果になることは把握できます。
しかも「話しかける」という行為は「会話する」「話す」の冒頭部分にあたるために
「会話する」「話す」という行動からさらに短い時間割合ということになってしまうのです。
しかし「話しかける」という行動を省かせる現代機器「ケータイ」の登場により
さらに「話しかける」という行動が限定されてしまいました。
たとえば知人、友人、家族、上司ありとあらゆるコネクションが「話しかける」行動を無視して
介入しあう世界がここに完成したわけです。
「話しかける」という言葉はすでに、ある場面での限定所作作動(造語)となりつつあると踏んでいます。
それは「話しかける」対象が「話しかけられる」対象とは、あまり密接してない関係であるということです。
どちらかが一方が話しかけるということは「確認」をとっている、あるいは
「話さないとわからない」「話さないと満足できない」状態だからです。
つまい互いの対象が満足されている状況下で「話しかける」光景は発生しえないという結果です。
つまりスルーです。すれ違いです。気にも止めていないという状態です。
むしろこの状態の方が大抵の人間は経験するはずなんじゃないでしょうか。
いぁ絶対そうだと思いますよ。
絶対。
人とすれ違う時間 > 話しかける時間
この法則が早くも完成しました。
現場遭遇さんの法則辞典に早くも記念すべき法則が1つ騒然と付け加えられました!
人は当たり前と思うことを当たり前と感じすぎて、もはや当たり前を理論的に考えないんです。
当たり前なのだから。
当たり前だから理論がないってのは、ぉお間違いなんでぇすよ。
起因となる原因が発生し結果が生じている。
この式の組み立てこそが必要だと現場遭遇さんは思うんですよ。
現場遭遇さんは大学生のとき記述試験が大の苦手でした。
いかに、解答を理解しているように見せる文章力というのが必要になります。
理解しているのが一番ですが。
分かってないことをいかに分かってるように見せるか。
それが一般試験と記述試験との明瞭な差といえましょう。
それを鍛えるにはとにかく、どうでもいいことから文章をつなげていく力です。
社会で求められるのは結果ですが、しょせん結果だけでは
満足するのは社会だけです。
己の心が満たされることはないんです。
むしろ結果を出させて満足させて有能な駒を育成させようとしてきます。
いい結果すら出せない人間は平気で切ってくる世の中でもありますが。
自己満足するには充実した実りある濃い内容が必要ということなんです。
上司や恋人に認めてもらっても、それは上っ面かもしれないし
それは、ほんの少しの失敗ですぐに信頼を失うものかもしれません。
しかし、自力で満足した結果というのは忘れにくい経験となりうるのです。
誰かに認めてもらいたい!!
という人も多いでしょう。
しかし、認めてもらっても物足りず
さらに多くの人から認めてもらいたい!!
という願望にかわってしまいがちです。
まず自分の力を認めることが第一です。
まず人の上っ面の笑顔や褒め言葉からの満足から脱することを始めましょう。
それで癒されることがあれば自分自身の快感を忘れてしまっている傾向が見られます。
褒められて伸びるタイプは自分を褒めることでより一層伸びるはず。
つかれました。
とりあえず何がいいたいかというと。
とりあえず「話しかけ」ましょう。
ぞね@@ノ