信念をデザインする~Designed Belief~

信念をデザインする~Designed Belief~

人は、まがいものの感情(思考)を生産しています。歯を抜いているところを見て人は顔をしかめる。信念→定義付け→心反射→まがいものの感情→行動です。思考のスピード=心の反射は即起こります。デザインの本質は解決です。

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おひさし~

 

みなさんお元気ですか?

 

なんかびっくりするほど久しぶりです。

 

 

 

今回のウイルス騒動が起きてブログを書こうと思い立ちました。

5年くらい前に書いた自分のブログの内容が現実味を帯びてきているんですよ。

 

 

 

人間の潜在意識、無意識の領域。

子供の頃から当たり前だと教えられ、刷り込まれてきた常識、信念。

 

 

これら当たり前の土台は、ほとんどの人が疑うことなく改めて検証することもなく

日常生活を生きている。

 

 

 

でも、その無意識を水上に顕在化して改めて、検証しないといけない時代に入ったんじゃないでしょうか。

 

 

 

無意識をあぶりだすのはしんどいです。

だってそれを土台として生きてきたんだから、それを揺すぶられるのは無意識が嫌がるし

読んでいると、なんか気持ち悪くなってきたり、もうこれ以上読もうという気がなくなってくる。

 

 

 

それは正常な反応です。

 

 

 

じゃ、改めてスタート!

 

 

 

最近何が怖いって、人間が怖いよね~って感覚の人多くありませんか。

 

 

 

 

僕の訴えてきた 善悪中毒」 これが我々の集合意識に顕在化してきました。

 

 

 

善悪中毒とは・・・

 

 

物事(具体)をすぐさま思考で抽象化し、

味わうことも触ることも出来ない概念である善悪に二分化し、

悪を滅ぼすために悪をなくすため、悪を攻撃する。

悪に加担するものも同様で、滅ぼすまで攻撃の手を緩めない。

 

 

 

だって悪いもんは悪いから。そして悪は滅ぼさなければならないから。

 

 

善悪中毒がもたらすものは、例えば

 

 

「善目線」 

 

 

善目線・・・悪を暴き出すっていう心の動きや周りを見張ること

 

 

悪さをしでるやついね~が~って感じ。

 

 

 

あるいは

 

学級委員長的な「せんせ~いに言ってやる」って感じ。

 

 

 

先生に告げ口したら褒められる。本人も得意気。

 

 

 

お前は良い子だって承認欲求も絡んでるから。良いことをしたらちっちゃいころから褒められてきたから。

 

○○は悪い子じゃないよ、ママの言うことをよく聞く良い子だ、良い子だ。

悪い子とは一緒に遊んじゃいけませんよ。悪い子がいたら先生に言うのよ。

 

 

 

 

先生は善い子が増えて、楽になるから大喜び。

 

悪という定義付け、レッテル張りに成功すれば、あとは生徒が勝手に見張って監視してくれるから先生は大助かり。

 

 

 

大人になっても、その手法が使えるから大人は大助かり。

 

 

 

 

自分の言うことを聞く奴が増えて、支配が捗る捗る。らくちんらくちん。

 

 

 

 

さぁ、今度は力を背景にさらに言うことを聞くように支配してやるぞ、と。

 

 

 

 

善の暴力付随性。

 

 

 

善はとにかくキレやすい。短気なのよwwww

 

「ここたばこ捨てちゃダメでしょ!」

「言うこと聞けないの、悪いのはアンタでしょ!」

 

 

と攻撃しやすい性質になってくる。

 

 

 

 

善の威を借りた人悪となった人を攻撃することが出来る」

 

 

 

なんてことない、正確に言うと人が人を攻撃してるんです。

 

 

 

 

あいつは悪だという、思考が即座に生み出す悪への抽象化が動機となって

俺は善だ、悪を滅ぼさなくっちゃって、積極的に、かつ攻撃的にさせてるんです。

 

まるでサッカーでゴールを狙いにいくFWのように。

 

 

 

 

そして、暴力を背景としてるから、痛みや脅しといったものを目に見えるようにちらつかしてくる。

 

 

 

 

 

より善であるためには、力を背景にしておかなくてはならない。

善と力は付随しているから。

 

 

 

 

額に銃を突きつけながら、俺が正しいよな、と。

 

 

 

国と国との戦争なら力の比例善に比例する。

 

 

ジャイアン対のび太みたいなもの。

 

 

 

俺の物は俺の物。お前の物も俺の物、な?って感じ。

 

 

 

善は力の背景がセット。

 

 

 

 

それに気づいたガンジーは非暴力不服従を掲げたのだろう。

 

 

 

 

善に拳銃は必要なのか。

 

 

 

もちろん、悪人に立ち向かうには力が必要だ!というかもしれない。

 

 

 

 

もう何年も何年も

 

 

「もうゆるさないぞ~、これでもくらえ~」って悪には暴力を。

 

 

被害者の気持ち考えたことあんのか、と言われそうだけども。

当事者と意見を述べてるだけの者の違いはあるのは考慮してもらえたらと思います。

 

 

 

これ以外の価値観を子供たちに選択肢の一つとして提案していくことはできないだろうか。

 

 

 

気が向いたら続けます!

 

 

 

 

このブログの本当の目的は、読んでるあなたの無意識をあぶりだすことです。

読んでるあなたの気分を悪くするためのものではありません。

 

 

歯医者に行って、歯の治療の音を聞いて顔をしかめるのは、無意識の条件反射です。

 

 

 

無意識を顕在化させるのが目的です。