My Favorite Things

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私っていったいなにが好きなのか?
自分探求のためのチャレンジ

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私のお気に入りを確認するためのチャレンジ投稿をしています。

 

お弁当を作るようになったら、外食の魅力が激減しました。

 

ここ数年、お弁当を作って持っていくようなことは、

ほとんどなかったのですが、今年の5月ごろ、

ふと夫が体脂肪率を下げるため、

食事コントロールをしたいと言い出したのがきっかけ。

 

言い出すだけで丸投げの夫のために、

いろいろ調べていたら、自分がはまってしまいました!!

 

お弁当のいいところは、なんといっても

ランチ難民になり得ないということ。

 

時間も無駄になりません。

 

そして実はほとんどの外食は、私にとって

カロリーオーバーだったということに気づきました。

 

パスタなんて、ほぼ炭水化物と油だし、

ラーメンも同様。

定食にサラダがついてたとしても、彩程度だし。

タンパク質を取るにしても、おいしいのは認めるけど、

脂身たっぷり、、、でしょ。

 

たまに外食するときには私に必要な量の

ランチを見つけるのがとても難しく、

逆にランチ難民になりがち(笑)。

 

デメリットはPCの前からほとんど動かなくなる、

ということでしょうか。

 

でも健康的で、適量な食生活を維持できるお弁当

(もちろんおいしいですし)は、

私にとって欠かせないものの一つになりました!

 

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前回はジョルジュ・ドンのボレロについて書きました。

そのきっかけとなったのは、

「愛と哀しみのボレロ」という映画です。

クロードル・ルーシュ監督 1981年公開

 

公開当時、まだ中・高校生だったし、

田舎ではそんなマイナーな映画はなかなか公開されないし、

劇場では見たことはありません。

 

就職してから、レンタルビデオの中古品(ワゴンセール)で出会い、

ようやく映画を見ることができました。

話は長いし、複雑なんだけど、とにかく気に入って、

ビデオテープが擦り切れるほど繰り返し見ました。

 

その中でも特に好きなのが、やはりバレエのシーン。

 

だけど、ジョルジュ・ドンでは無いところ。

この映画のなかで、ジョルジュ・ドンはルドルフ・ヌレエフを

モデルにしたロシアから亡命するバレエダンサーの役を

演じているのですが、

その父親役も演じているのです。一人二役ですね。

 

その、父親時代のジョルジュ・ドンは、ソ連軍の兵士として出兵していしまいます。

 

残された妻は、別のソ連軍部隊の慰問に行き、

ダンス(民族舞踊)を披露する場面があるのですが、それが素敵なのです。

 

廃墟のような色のない戦地で、民族衣装だけが鮮やかに映えています。

 

兵隊たちからはにぎやかな手拍子、指笛が響き、

民族としての団結や誇りを感じさせるシーンです。

 

そして、ダンスが終わると、兵士の一人がそっとコートを羽織らせ

彼女は、そこにはいない夫への愛も込めて、

兵士たちに投げキッスを送り続ける。

 

彼女の気持ちが本当に愛しく、

兵士たちの辛い毎日を思いやる気持ちがあふれています。

ほんの数分のシーンではあるけど、

あーやっぱり大好き。

 

Wikipediaで調べてみたところ、演じているのは、

リタ・ポールブールドという方。

もちろん、バレリーナだと思います。

それ以上の説明がないくらい、ちょっとしたシーンです。

(予告編には写ってましたね)
 

また見たくなりました。

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絵画や音楽に触れて、思わず理由もなく涙が出る経験(その2)です。

(その1は、イマジン(ジョンレノン)でした)

 

ボレロ

 

ラヴェル作曲の名曲ボレロ。

曲だけ聞いてももちろん感動しますが、

私が涙したのは、ジョルジュ・ドンが踊るボレロ。

 

初めて目にしたのは、「愛と悲しみのボレロ」という映画のプロモーション。

(映画自体の話はまた今度)


それから時々テレビで目にしたりしていたのですが、

高校生のとき、ラッキーなことに、知人からチケットをいただき、

劇場で直接見る機会がありました。

 

ボレロが最高潮に達し、幕が下りたとき、

急に涙があふれてきて本当にびっくりしました。

 

こういうことで涙があふれ出るのだ、という初めての体験をしたのがこの時でした。

 

ジョルジュ・ドンと、振り付け師のモーリス・ベジャールの最高の組み合わせ。

 

その後、ショナ・ミルクとか、数人が演じていますが、

わたしにとってのボレロはジョルジュ・ドンなのです!

 

真っ暗な舞台に、一筋のスポットライトが、白く動く腕だけを浮かび上がらせる。

 

単調だけど、徐々にスケールアップしていく音楽と踊り。

 

それまでイメージしていた、「白鳥の湖」とか「くるみ割り人形」などの美しいバレエとは全く違って、

ちょっと退廃的で、セクシーで、一瞬たりとも目が離せない、

大人の世界を垣間見たような怪しい気分になったことを覚えています。

 

きれいなだけじゃない世界こそ、心惹かれる世界なのです。

 

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絵画や音楽に触れて、思わず理由もなく涙が出る経験をした方は多いのでは。

 

きっとそれは私にとって、大切だったから、

理屈ではなく、反応したのだと思います。

 

そんなことを思い出した順に書いてみます。

 

まずは、Imajine(イマジン) John Lennon

 

初めて詩を理解したときの衝撃。

いい曲だとは思っていたけど、こんなことを歌っていたのかと。

音楽とともに、John&Yokoのメッセージに心が震えます。

 

なんてやさしい人たちだったんでしょう。

 

もうすぐ、12月8日ですね。

 

「Imajine」を残したことで、天国からもメッセージを送り続けているのですね。

Thank you!

 

無自覚でいること、ほんとに多いです。

 

無自覚ではいけないといわれました

たしかに、自覚すると、とたんに光ります。

でも自覚できていることが、まだまだ足りていないかと。

 

自覚できたこと

 装いについて褒められるレベルのもの

 ・・・褒められるような装いをしてもいいのだと自覚できてから、加速している

 教えることが好きなこと、 わかってもらえることがうれしいこと

 ・・・自分の過去を振り返った時に、教職への強い憧れがあったことを思い出してから、教えるすきるが格段にアップ

   教えることへの抵抗がなくなってきた
 

自覚できていないこと

 自分の本当の欲求

 ・・・いつも「なにしたいの?」と言われても、そんなにやりたいことがあるわけではない、と思ってる

 何が美しいと思うのか、なにをやりたいのか、

 ・・・美しいと感じることはあるけど、それがなぜか、何が美しいと感じさせるのかは明確になってない

 直感があるといわれているけど

 ・・・直感を使っている自覚がない。だから、発揮できていないんだと思う

   直感があって選んでいることと、無意識に選択していることは違うことなんでしょうね
   あー、曖昧

 

なぜ無自覚なことをほっておくんでしょう。

別に無自覚でも、害はないと思ってる。無自覚が悪いことではないと思ってるから。

でもどうやら「無自覚」は悪いことらしい。

 

自分自身を知ること、自覚することは苦しいと思ってる?

常に自分自身に問いただしていなくてはいけないような気がしているけど、

そこまで追い込まないといけないのか?

自覚するのにはなにかのきっかけがないと、できていないよね

 

「自覚」するには「覚悟」が必要。

 

なるほど、、両方とも「覚」という字は使うのですね。

 

別に結論はありません。

でも、こんな葛藤からこのブログをはじめたのです。読んでくださってありがとう。

 

わたしにとっての夜明けを模索中。