「袋小路の男」絲山秋子 | 藍色の傘

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一日中、猫を膝に乗せて、本を読んで暮らしたい。


「袋小路の男」絲山秋子





男はいつまでも袋小路から抜け出せないでいるが、女は追い詰めることはせず、失いたくない、ただそれだけで、二人の12年間は、お互いを必要としながらも指一本触れることなく過ぎていく。


恋愛とは独りよがりのぶつかり合いだから苦しいのだ。


彼との距離を縮めたいが、縮めると関係が終わってしまう。

日向子の葛藤は微熱を帯びて、ちりちりと胸が疼く。


恋愛小説はほとんど読まないが、絲山秋子の作品のひとつとして手に取ったら、どストライクの恋愛小説で、すっかりやられた。

同世代のノスタルジーも相乗効果になっているかもしれない。


「あなたが私の車に乗ると、とてもいい匂いがした。嗅いでいることが恥ずかしくて煙草をひっきりなしに吸った。あなたは優しくて、眠そうで、何百回も会っているのに今日が一番好きだと思った。」

しかし、日向子は手を取ることも抱きしめることもしない。

「それをしないから、私はここにいられる。」


嗚呼、苦しい。



「小田切孝の言い分」は「袋小路の男」が別視点で書かれ、女が明らかにしなかった新事実が顕になるのが面白い。


「アーリオ・オーリオ」8000年前の光であるペルセウス座流星群と人間との距離、若い叔父と中学生の姪っ子の距離。

この姪っ子は自分の目で光を見るようになるだろう。




本を閉じてZeppelinを久しぶりに聴いた。

ファーストも「Presence」ももちろん好きだが、今日は「Physica Graffiti」の気分だった。



2004年川端康成文学賞受賞作。