イギリス紅茶
こちらの紅茶のブログでは、紅茶の入れ方などが紹介してあったのですが、紅茶を入れるのはお湯や温度など気をつける点がたくさんあるそうです。 

イギリスではミルクティーを入れるのが多いですが、イギリスにいったときにタクシーの運転手にきいたら、いまはほとんどティーバッグが主流のようです。

でも、おばあちゃん家に言ったら、ポットで紅茶を正しくしっかり入れてくれるとのことでした。
Amebaでブログを始めよう!

イギリス紅茶 歴史5

             ~イギリスでのティーポット不足~






前回はイギリスがいかにして紅茶大国になったかのお話をしましたね~!


イギリス全土でお茶が急速に飲まれるようになり、問題になったこと。




それは、ティーポットの不足 ・・・




そして、ウェッジウッドを始めとする、様々な陶磁器会社が登場します。






当時、まだイギリス国内でのティーポットやカップの生産は行われてお

りませんでした。




お茶を中国から船で運ぶ時に、バラスト(船のバランスを取るもの)

としてティーポットはオランダに運び込まれている程度でした。




 お茶を入れるのに欠かせないティーポットの不足は重大でした。


そこで、1730年オランダから陶磁器の技術を持った職人をロンドンに

呼び、陶磁器の生産をスタートさせることになったのです。




高温で焼いて作られる陶磁器は、石炭を必要としました。

その石炭はイギリス北部のマンチェスターや地方からテムズ川を使って

ロンドンに運び込まれ、その為、テムズ側沿いには、陶磁器の工場が

建ち並んでいたそうです。




実際、私がロンドンの紅茶博物館に通っていた通勤路にも

“Potter's Field”(陶磁器職人の庭)と呼ばれる公園が

タワーブリッジのすぐ傍にあり、当時の面影を偲ばせていました。




ロンドンで技術を得た職人は、石炭の取れる内陸部に移り住み、

大規模な工場を建て、本格的な陶磁器生産に取り掛かることになります。




その流れに乗って、有名なウェッジウッド等も登場する事になるのです。


紅茶がイギリス経済に与える影響というのは、とても大きなものだった

のですね!(^^)

イギリス紅茶 歴史4

              ~密輸茶について~


イギリス全土に広まるまでは、ロンドンの上流階級の人だけに楽しまれ
ていたお茶。

当時のお茶の人気はすごく、輸入量もうなぎのぼりでした。

それに目を付けたイギリス政府はなんと、お茶に税金を掛けたのです。

つまり、遠くから遥々運んできたお茶をテムズ川の港に荷揚するのに、
船長さんはイギリスの政府に税金を払わなければいけなくなったのです。

そこで、船長さんはロンドンに行く途中に、こっそり寄り道をし、
違う港にお茶を降ろして、残ったお茶をロンドンまで持って行き、
ちゃんと税金を払っている振りをするようになりました。

そのうち、船はロンドンにも寄ることなく、そのまま北上し、
スコットランドやアイルランドに持っていき税金の掛からない港で
安くお茶を取引するようになったのです。

 つまり、密輸です。(^^;

最終的にはイギリスに到着するお茶の50%が密輸茶だったと
言われています。

この密輸のお陰でイギリス北部のスコットランドや西部のアイルランド
が紅茶大国になっていったのです。

ちなみに、一人当たりの紅茶消費量、第一位はアイルランドなのです。

と、言うことで田舎に届くお茶は、そういう密輸茶で、安く届け
られていたのです。

密輸がイギリスを紅茶大国にしたと言っても過言ではないのですね。

イギリス紅茶 歴史3


        ~イギリスが紅茶大国になった訳~

今まで、ロンドンでしか飲まれていなかったお茶が、北はスコットランド
西はアイルランドまで飲まれるようになった大きな原因は・・・。

 イギリス産業革命です!

高校の歴史の授業で耳にして以来かも知れないですね~(^^)

イギリスでの産業革命は1750年頃から始まります。

蒸気が発明されたことによって、その燃料となる石炭が掘り起こされ、
農場でたくさん飼われていた羊の毛織物が製造されていきます。

今まで自給自足で暮らしていた人々は、工場で一日12時間も働くよう
になり、体力補給の飲み物が必要とされたのです。

 そこに登場するのが、お茶!!

お茶を飲むことで、人々は短い時間でリフレッシュすることができ、
さらに、お砂糖やミルクを入れることにより、疲労回復やエネルギーの
補給にも役立つ万能の飲み物だったのです。

こうして、お茶は大量に飲まれるようになります。

イギリス人が必ずミルクとお砂糖を入れて紅茶を飲むのには
こういう歴史的背景もあったのです。


ここで一つ疑問に思われることは、当時のお茶は高価な物だったのでは?
と、言うこと。

 お茶が高価なものであったのは、ロンドンにあるお茶。

というのも、当時ロンドンに荷揚げされるお茶には税金がかけられて
いました。つまり、遠くから遥々運んできたお茶をテムズ川の港に荷揚
するのに、船長さんはロンドンの政府に税金を払わなければ
いけなかったのです。

そこで、船長さんはロンドンに行く途中に、こっそり寄り道をし、
違う港にお茶を降ろして、残ったお茶をロンドンまで持って行き、
ちゃんと税金を払っている振りをしていたのです。

 つまり、密輸です。

当時、イギリスに到着するお茶の50%が密輸茶だったと言われて
います。

この密輸のお陰でイギリス北部のスコットランドや西部のアイルランド
も紅茶大国になったのです。

ちなみに、一人当たりの紅茶消費量、第一位はアイルランドなのです。

と、言うことで(話しは少し反れましたが、)田舎に届くお茶は、
そういう密輸茶で、安く届けられていたのです。
(もちろん、質はあまり良くなかったでしょう。)