英語教師を目指す女子大生のブログ

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英語が大好きな大学3年生。
学生さん、英語が好きな方、教職に携わる方、情報交換しましょう(=´∀`)人(´∀`=)

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ブログ開設したのはいいものの…なかなか更新できてませんね(。>0<。)


それもそのはず。
最近はとにかくバタバタしていて、今日も「もう木曜日!?」って感じです。

1週間過ぎるの早いですねぇ。



さてさて、今日は私の大学についてちょっと話したいと思います。

といっても、あんまり詳しく話すとバレちゃうのでちょこちょこっと。


今の時期はMid-termっていう、いわゆる中間テストとか中間レポートの提出にみなさん迫られている大変な時期なんですね。

私は教職も取ってて、ふつうに卒業単位として認定される科目はあまりハードじゃなくしたから比較的ラクだったんですが、授業によっては本当に厳しいらしいですねぇ。



まわりのみんながそんな苦しんでいる中、私は何をしているかというと、
もちろん勉強ですよ!( ̄∇ ̄+)


なんの勉強かって?


あんまり大きな声では言いたくないので伏せますが、まぁ一種の資格みたいなモンです。


で、いろいろあってその資格をどうしても8月中旬までに取らなきゃいけなくて…
只今奮闘中です!


基本的に大学で受験できるし、結構頻繁にやってくれるんですが、なかなかうまくいきませんよねぇ、ああいうのって。

緊張してんだかしてないんだか自分でもあまりよくわからないんですが、練習問題ではできたのに本番では「アレ?σ(^_^;)」みたいなね。


試験自体は数個のセクションに分かれていて、各セクションのスコアがそれぞれ出てからのトータルスコアって感じなんですけど、その時々によって出来が違うんですよねぇ。

「今日はここ調子いい!」って思っても、他のセクションで大転倒してしまったり。


バランスよくスコアを取るのは難しいです。


でも最近は、自分で勉強しているうちにimproveされてくのがわかるし、どこがわかってどこがわからないかを明確化するようにしたらすっごくはかどってます!

前にチューターっていう先生(先輩)に教えて個別で教えてもらったりしてたんですが、やっぱり受け身でただ聞いたり言われたことをただやるだけじゃ伸びませんね。

自発的に、能動的にやらなきゃダメなんだなぁと、強く実感。


でも、どんなに自分で決めたことでもやっぱりサボりたくなることってあるのよねぇ~~(><;)

毎日死ぬほどなんてやってないし、長くて3時間くらい。
けど、私はわからないところがわかるようになるまで追究しちゃうタイプなので、3時間で1セクションの練習問題しかできなかった(>_<)なんてザラにあるんですよね。


だから面倒になっちゃって、でも中途半端に投げ出すのもイヤでどうしよ~ってなっちゃう時があります。

どうしよ~って思うヒマがあったら少しでもやれよって感じだけど。


まぁ、そんなこんなでゆる~く勉強してます。


次の試験は約1週間後。

ゆる~く、なんて言ってる場合じゃなくなってきたけど、とりあえずリラックスしながらいつものペースで実力が発揮できますよーに。




はい、そうなんです。

明日(日付が変わったので今日)、提出しなければならない課題。

「理想の教師像」についての作文(400字詰め原稿用紙×3)

まだ手着けてないですよねー。

だって、そんなアバウトなテーマで中途半端な長さの作文書けないよー。

いっそ1枚とか10枚とか、短いなら短く簡潔に、長いならそれなりに具体的にってんならわかりますけど。

これは教職概論っていう教職課程の中で一番ベーシックな授業で、教員採用試験で教職教養として出されるうちの教育法規だとか、教師の質・あるべき姿みたいなことを学ぶ授業なのですが、教職課程をとっている学生がみんな教師を目指しているわけじゃないし、ねぇ?

学期末に一応これをもとにしたプレゼンっていうかミニ発表会みたいなのがあるらしいんですが、実際本当に教員になりたくて授業をとっている人とそうでない人との温度差ってクラス内でもすごく大きいし、免許取れればそれでいいやーって人の理想の教師像なんて聞いたところでなんの刺激にもならないんですが。

あ、別に免許取るって目的だけで教職とっちゃ悪いって言ってるわけじゃないんですが、そう聞えてしまったらごめんなさい。

ま、それは置いといて、どんなことを書こうかまだ考え中。

教師を志すようになったきっかけとか、影響を受けた人とか、ないわけではないんだけど、好きなものに理由がないように、それらを決定的な理由と呼ぶには無理がある気がする。

理想だって挙げたらキリがない!それに、やってみなきゃわからないところもまだまだたくさんあるし…。

先生に言わせたら、そういうことじゃなくて単に自分の夢を語れ!ってことなんだと思いますけど。

みなさんはどんなことを書きますか?

理想の教師像。

前回の更新から随分と日が経ってしまいました。

実は、ずっと書こうと思っていたことがあって先月の中旬くらいにこちらに書いたのですが、なんらかの不具合によって下書きができず、全部消えてしまったのです…。

そのあとも数回書こうと試みましたが、運が悪いのか毎回消えてしまって…(ノ_・。)

さすがにもう諦めました(涙)。

そんなわけで、今日はその前回書こうとしたことも含めつつ書いていこうかなと思います。



最近私が教職の授業を受けるうえで考えていることを話します。



教師の「適性」ってなんでしょう?


人前で話すのが上手、専門科目における知識が優れている、子どもが好き、洞察力がある、人とかかわるのが苦でない、板書がきれい、親身である・・・・・・・・


考えたらキリがないですけど、果たして以上の全てにあてはまる教師なんて実在するのでしょうか?



教職課程を履修している私の友人や先輩・後輩には、本当にいろいろなタイプの人がいます。

動機に関していえば、将来本当に教員を目指している人もいれば、免許だけ取っておきたいという人、将来の選択肢のひとつが教員であるという人、一般企業で社会経験を積んでから大学院に入って教職課程で勉強している人。


性格も本当にバラバラで、人前で話すのが苦手な人もいれば、英語の先生になりたいけど英語の発音はあまり得意でないと感じている人もいます。



よく、職業には必ず適性があるといいます。


確かに適性って絶対あると思います。「適材適所」って言葉があるくらいですし。

でも、適性を見分けるのってすごく難しいことだと思いませんか?


先程、教師の適性を考えた際もいろんなものが出てきました。実際に現場で教壇に立っている先生方からしたらもっともっとあるでしょう。



何が言いたいかというと、「職業」と「適性」って1対1で成り立つものではないと思うのです。


「話がおもしろい」=「お笑い芸人」とか、「運転が得意」=「タクシードライバー」とか、確かに重要な要素のひとつではあると思うけど、それが絶対的理由にはならないと思うのです。



だから、教師に限らず向き・不向きだけで職業を決めるのってどうかと思うなぁ。


あと他人に対して「お前はこの仕事には向いてない」とか言う人。あれもどうかと思う。

その人のためを思って言っているのかなんなのか知らないけど、自分でだって適性なんてわかりっこないのに、赤の他人に言われたくないよね。



適性じゃなくて、経験と努力で自分の夢を掴めたらいいな。


未来はどうなるかわからないけど、もし私が将来教師になれたら、生徒たちに言いたいですね。