読書 怒り 著者 吉田 修一
とても読みやすくて一気に読める小説だった。最初は「推理小説」と思いきや、2つのストーリーラインで構成されていた。メインでは、ある殺人事件の犯人が、彼の犯した事件とは無関係な人間に殺され、警察が発見した時にはその事件の動機や真相は突き止められずに終わった。 犯人が警察から逃亡している中で、出会った人達は何人かいたが、最後にはまだ10代で表も裏も知らない真っ直ぐで、誠実な心を持つ高校生達と出会った。犯人が、最後に逃亡した土地は沖縄県。この男に興味をもった女の子と、同じ学校に通う地元の男の子は、この女の子が好きだった。その為に、一緒に事件に巻き込まれる。
メインストーリーは、現代の深刻でかつ解決しない問題の一つである、沖縄県内の米兵によるレイプ犯罪。 女の子は不幸にもその犠牲者となる。彼女を好いている地元高校生の男の子と少し離れた時間と場所の間で、彼女が米兵にレイプされる。男の子が現場に駆けつけた時には、既に米兵はいなかった。妊娠はしなかったが、女の子はその男の子に「絶対に誰にも言わないでほしい。警察にも通報しないでほしい。」と懇願する。男の子は、自分の不甲斐の無さに嘆き、唯一彼ができるのは彼女との約束を守る事だと考えた。その時すでに年上の犯人と仲良くなっており、まるで兄のように慕うようになっていた。しかも、犯人は彼女がレイプされた現場に偶然に通りかかったと言う。そして二人は、共通の苦しみを抱え、支え合っていた。そして、男の子は犯人の人間性も信じきっていた。しかし、ある事で、その犯人は表と裏が真逆の顔を持ち、女の子のレイプによる被害を面白おかしく楽しんでいたのを、犯人の残した落書きから知る。この出来事は、好きな彼女がレイプされた衝撃に続き、彼の尊厳の破壊、女の子への人権無視、彼が信じてきた正義を蔑ろにした。犯人の過去や、沖縄県に来た理由、彼の人間性を全く知らずに純粋に、そして素直に犯人の表面的な言葉と態度を疑わずに来ただけに、犯人の女の子に対する不誠実で、冷酷な感情が、「信じてきたからこそ湧き上がる復讐心」に燃え、犯人を「裏切り」「敵」として捉え殺さなくてはいけないと決心する。
犯人は、皮肉にも、結局本人が犯した事件と全く関係のない人間、(つまり、彼が犯した殺人事件の被害者家族や、警察とは関係のない)一人の高校生によって殺害された。
男の子は、警察に逮捕されるのはおそらく覚悟しての行動であったが、女の子と約束していた「レイプについての報告」はいっさいしなかった。しかし、女の子が自ら警察に「レイプ事件」について話した事でこの件については一応収まったものの、詳細は公にはわからないまま、米兵に対してもいつも通りうやむやのままで終わる。
彼女は、男の子に謝罪をするが、男の子は「君には関係のない事だから、忘れてほしい」と手紙にかく。
きっと、彼は、女の子を守りたい気持ちが当然あったのだろうが、それ以上に彼が信じていた人から裏切られ、自分が大切にしていた気持ちをズタズタにされた屈辱で、自分の尊厳を取り戻すためにも犯人を絶対に許せなかったのだろう。
この小説の面白い点は、サイドストーリーが存在していることだ。犯人には全く関係がない人達の人生も映し出している。
無関係ありながら、一般的にニュースを見ている我々も、それをきっかけに人間関係が変わることもあり得ると言うことだ。3つのパターンがこのメインストーリーと同時に展開していく。
一つ目は、父子家庭で育ち、人を信じられなくなった娘が、身元が分からなくても彼が唯一の彼女の理解者であると信じ男性と恋愛し、同棲をする。しかし、彼が身元を明かすことが無いことから、彼女と父は男性への不安が募り、事件の逃亡している犯人に似ていると思い込み、彼女自身から警察に通報する。結局、彼は事件とは無関係で、彼の過去も明らかになり元の鞘に収まる。
二つ目は、ゲイの恋人たち。パートナーには身元を打ち明けてほしいという欲求が出てくる。関係が深くなればなるほど、自然にその欲求は強くなる。が、いつまで経っても、パートナーは過去や身元について明かさない。それがきっかけで、そのパートナーへの不安と疑いを感じ、犯人の顔に似ているのではないかと妄想する。パートナーが突然いなくなった時には、「やっぱり逃亡者だったのだ。」と独りよがりに確信をしていたが、実はパートナーは心臓疾患を抱えながら生きてきた、そして突然路上で亡くなっていたと、パートナーと同じ孤児院にいた女友達から知らされ、そこで初めてパートナーの過去を知る。彼は知り合う前から病にかかっており、長くはなかったらしい。
三つ目は、捜索担当の刑事。 身元がわからない女性を愛するが、彼女から「身元を調べないでほしい。」と言われ続けていた。しかしプロポーズをする時に、「あなたの過去を調べたが私は全く気にしていないので、結婚してほしい。」と嘘を言ってしまった。彼女はショックを受け、彼の元を去った。
と、直接犯人には関係無いにも関わらず、我々の生活の中で、とても自然に起こり得る場面をサイドストーリーとして描いている。共通しているのは、人間は、関係が深くなる程、相手への思い込みを持ち始め、自分の想像している、または期待している相手が異なる事実を持っていたと知った時に「裏切られた。」とか、「急に敵に回す」。とかになりがちだ。自分のことを考えてみれば誰にでも踏み込んで欲しくないプライベートで繊細な面はあるはずなのに、非情にも、特に恋人や結婚相手になると余計に自分の知らない面を明らかにしてもらいたいと強く願い、それがボーダーラインだと勝手に考える。そして、力尽くでも自分が納得できるように調べようとし、相手を追い詰める。その結果、今まで培ってきた信頼関係が崩壊し2度と戻らない。と言うこともある。
大なり小なり、わたしたちは同じような経験をしているのではないだろうか。
と、この小説は多く分けて二つのメインストーリーとサイドストーリーの両方が同時進行していて、犯人が見つかった(殺されて見つかったが)時に同時に終了する。
登場人物のそれぞれの立場に自分を置き換えて考えられるので、読んだ後でも昔の自分を思い出し、あの時は私もそうだったかもしれないと苦い経験を振り返る。
