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独立心とは、周囲に反発し、抵抗する事によって育つものではない。
それは依存を正しく習う事によって、つまり愛情に満ちた環境の中で
自分の価値を恐れ気なく認め得て初めて育つのである。
このようにして習った独立心を持つ者のみが、相互依存をなし得るのだ。
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いきなり難しい言葉を持ってきてしまいましたね。
今日は娘との関係をちょっと話したいと思いまして、こんな言葉を持ち出してきました。
相互依存とは、お互いに対等な関係で、互いに自立も依存もできるというフレキシブルな関係をいうらしいです。
自分自身が依存も自立もできるオールラウンドプレーヤーになるという意味があります。
ちなみに、共依存(依存症)とは全く別物です。
北海道から越してきて、東京に暮らしていた娘と同居したのが4年ほど前。
私と娘は正反対の性格です。
互いにぶつかり合っても、いつも折れるのは彼女の方。
打たれ強いというか、小さい頃から我慢強かった気がします。
体が弱く、医者通いの連続。
2か月半からママさん保育に預け、仕事していたので、休みを取るのに一苦労。
娘に対しては、いつも神経をとがらせていたような気がします。
今思うと、子供が子供を育てているような感覚?
余裕のなさから、感情の赴くままに怒る事もたびたびあり、
そんな時、子供はおびえてしまいますよね。
いつも我慢ばかりさせていた気がします。
そんな中でも、割と明るく逞しく成長できたのは、
大局的なものの見方をする父親と祖母の存在があったからだと思います。
北海道の大地も彼女を優しく包んでくれました。
10年ぶりに始めた母と娘との生活。
本人の気持ちは分かりませんが、
私にとっては、親子をもう一度やり直すつもりで始めた生活でした。
暮らし始めた当初は、ぶつかり合う事もあったけど、
4年たった今、互いに成長した気がします。
互いに対等に依存も自立もできる関係になれたような気がします。
何でも、時があるのですね。
そして、一緒に住んで見て分かったのは、私自身が元気を貰えた事。
私にとっては、色々苦しかった時期でして…。
そんな時期に住み始め、それでもゆっくりと
互いに相互依存が自由にできるような関係になり、
私の心に残っていた傷のようなもの、娘に対する負い目のようなものも
次第に薄皮が剥がれるように消えていき、穏やかな気持ちが増していった気がします。
ほんとに一緒に住んで良かった。
コマオ。
身近な人ほど大切にしなければね。
私と娘の暮らしはひとまず終了です。
今年は彼女にも色々と試練が続き、
人間不信に陥ったりした時期もあったみたいですけど、
どうやら乗り越えたようです。
このほど彼女は、自分自身を癒す旅に出ました。
5年後、10年後の自分を見つける修行の旅に・・・。
大好きなものを続けるために、8年間勤めた会社を辞め、結局その大好きだったものまで手放さなければならなくなってしまった現実。
今の世の中、年齢が年齢なだけに、客観的にみると凄い事なのですが、引きずらない性格みたいです。
人生は山あり谷ありの連続。
見送る際、14年前にも同じ感覚を味わったような…。
そう、北海道の自宅から東京に住むという彼女を見送る際、
愛犬レニャンがワンワン吠えながら、車を追いかけて行ったのが、昨日の事のように思い出されます。
あの頃と違うのは、彼女自身が沢山の試練を乗り越えて、今があるって事かな?
新たな自分と出会い、一回り大きくなって帰って来てくれることを祈ってます。
ps
二人の共通の趣味もできました。それは…
韓国語。
私もただ今、彼女に遅れる事半年、ハングル検定4級目指して、猛勉強??中です。
互いにライバル
ヨルシミハゲッソ!(頑張る)