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光を見る時に、影の部分があることに気づく人でありたい。
傑作を見る時に、それが生まれるまでにそんざいしたに違いない駄作へのいたわりを持つ人でありたい。
そして自分の周囲にある多くの「滅び行く種」をいとおしむことのできる優しさを持って生きたい。
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こんにちは。
今日は祈りを込めた言葉を探しました。
被災地では未だに辛い思いをされている方がいる。それを運、不運というには余りにも重い現実で。
この間、柳田邦夫さんがおっしゃってました。
「もし世界が100人の島だったらの話じゃないけど、95人元気ならあとの5人はまあ、いいかと思うか、残りの5人の為に95人が少しずつ我慢してみんなが良くなる事を望むか」
↑の言葉に通じるものがありますよね
この頃の日本は、なんか元気を取り戻した感があります。永遠ではないにしろ、明るく感じられますよね。
ただ、自分自身も含め、影の部分があることを忘れている気がします。
被災地と被災地以外とでは、見つめる先が違ってきてしまっている気もします。
被災地の方の孤独を思う時、胸が痛みます。
だからこそ、共にいる気持ちで、今自分自身がやるべき事を一生懸命やらなければとも思います。
小さい頃、夫婦喧嘩が絶えず、「私の家だけ何でこんななのだろう?」って、疑問に思った事が何度もありました。
だからなのか、苦しみの度合い、種類は違っても孤独感のようなものは伝わってきます。
露頭に迷うって本当に辛いです。
理想とかそんなものではなく、心の底、お腹の底から、穏やかな生活を取り戻していただきたいと願います。
運命は冷たいけど摂理は温かい。
たくさんの人の祈りが被災地に永遠に届きますように。
ビオラ(ラベンダーマジック)、種からそだてました。
紫が出ると思っていたので、ちょっとびっくり。
北海道の庭では雑草のように生い茂っていたレモンバームとペパーミント。
ふんだんに使っていたのが夢のようです。
東京では、小さな苗を買ってきて、ここまで育ちました。
もうすぐプログラムに取り入れられそうです。

