石原和幸氏は、1958年に長崎市の農家に生まれた。
幼い頃の夢はモトクロスのプロレーサー。
大学は交通機械工学科を選び、自動車整備士の資格も取った。
ある知り合いに「花屋はもうかる」と聞いた。
そういう道もあるんだなくらいで、
人並みに悩み、就活期を乗り越え、自動車の整備士になった。
「花屋はもうかる」という言葉は、なんとなく頭の片隅に根付いていた。
社会人になって、花の世界を覗くだけ覗いてみようと
軽い気持ちで華道の本流、池坊に入門。
そこで人生最大の転機を得る。
23歳で花の世界に飛び込んだ。
整備士の仕事は辞め、路上の花屋で修業。
毎日朝から晩まで働き、周囲から商売の基礎を学びとった。
25歳で念願の独立を果たすも、
すぐに長崎大水害に行く手を阻まれる。
喫茶店でのひょんな出会いから、
花屋の店舗一件を任してもらえるようになるという運の良さ。
自分の思う通りに必死にやってみる。
身一つで努力してきたことへの誇りと、仕事の楽しさとを得ることが出来た。
結婚するため再度独立するも、これまでの功績がむしろ仇となり苦戦を強いられる。
が、またも発揮される運の良さ。人との繋がりや信頼関係が大きな力になる。
アイデアを駆使し、目の前のお客さんを喜ばすことを考える。
30歳。一年で長崎一の花屋に。
「花を売らずに夢を売る」
こうして数々の伝説を打ち立てた。
35歳の頃には、五坪の花屋で日本一にまで上り詰めた。
庭造りも手掛け始める。
大きな成功を収め、そしてその成功が続く内、
次第になにか物足りなさを感じるようになる。
37歳。あることを機に、全てに迷い始める。
自分は何のために生きているのだろう。
天狗になっていたことにも気が付かず、
原点を見失い、意味もなくもがいていた。
40歳を過ぎ、人生最大の谷底へ。
ついに八億円の負債を抱え花屋を辞めた。
44歳。そこから2年間、まさに身を粉にして働いた。
家族や仲間を守るため、ひたすら庭を造り続ける毎日。
そうして心が枯れかけてきた頃、風の噂を耳にする。
世界一権威のあるガーデンフラワーショー、チェルシー・フラワーショー。
ここでの感動が、「花と緑で世界をいっぱいにする」という
新たな原動力を生み出した。
八億円の負債を背負ったことのある人間が、
後に世界一の庭師になるだなんて誰が予想しただろう。
思うに、石原氏は強運の持ち主である。
人との出会い、仲間を始め周囲からの助けが無ければ、
到底やり遂げられるようなことではない。
だがもちろん、それだけで成功は掴めるはずはない。
チャンスが舞い込んだ時に、それをモノにする準備が常に出来ている。
目標に対しいつも本気で考え、ありとあらゆるものからヒントを得る。
多くの人々が挫折を感じる場面で、
めげず、懲りず、諦めず、チャレンジを続ける。
大きな成果を得るためには、相応の覚悟と努力が必要である。
p162「夢は人に語ること」
『発想』しないならば『言う』ことは出来ない。
『発想』するから『行動』出来る。そこから『形』になっていく。
夢はできるかぎりでっかいものがいい。
夢以上には自分も会社も大きくなれないのだから。
著者紹介
石原 和幸 (Kazuyuki Ishihara)
ランドスケープアーティスト。
1958年長崎市生まれ。大学卒業後、生け花の池坊に入門。
路上の花屋から日本一の花屋を経て、庭造りの道に。
2004年のチェルシー・フラワーショーで初出展にしてシルバーギルトを受賞。
2006~2008年には、史上初となる3年連続ゴールドメダル受賞の快挙達成。
花と緑で世界をいっぱいにすることを使命に、現在も多岐に渡って活躍中。
本書・関連図書紹介
『世界一の庭師の仕事術~路上花屋から世界のナンバーワンへ~』
2009年3月 WAVE出版 発行
1,470円(税込み)
世界一の庭師の仕事術 ‾路上花屋から世界ナンバーワンへ‾/石原和幸
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『緑のアイデア』
2010年12月 WAVE出版 発行
1,680円(税込み)
緑のアイデア/石原和幸
Amazon.co.jp
まつ
今日の植物 No,2
カスミソウ
ナデシコ科
カスミソウ属
石原氏の立てた伝説の一つ・・・
色鮮やかな花々の引き立て役として
ブーケなどには欠かせないが!?
最近ではピンクや、水色、黄色の人気も高まっています。