Walkin' down the Steps


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このブログの終わりに。

ついに発見した。

楳図さんの家を。


噂に聞いた通り、赤と白のボーダーにデザインされ、 

屋根の上には煙突のような塔のような、にっこりと笑った顔がついていた。


その家は、僕の住むごく普通のアパートからジョギングを始めて約3分で遭遇できる距離にあった。

いつも探してたんだ。


先日に至ってはバイト終わりの夜中に、仲間とそれを探して徘徊したにもかかわらず見つけることができなかった。

でも昨晩はなんだかその探し求めていたものに出会える気がした。

勘が冴えてたから。


それにしてもこのブログを辞めようと思っていたところに楳図さんの家に出会えるなんて、

やっぱり僕が感じる楳図さんへの親近感は本物なのかもしれない。


ここでの更新をストップする前にこの朗報を書くことができて良かった。


別にこのブログをやめる必要もないけど、というか続けてきた必要ももともとないんだけど、

なんだか最近は余計なことを書きすぎる嫌いがあるからこの辺でやめておくことにした。


このブログを始めたのが3年前の10月、

だからこの月でちょうど3年になったというわけである。


特に一日に何千何万というアクセスがあるわけじゃないし、

読んでくれた人へもどうしようもない日記しか提供することができなかったけど、

僕はまぁそれなりに楽しく更新させてもらってきた。


読んでくれた方、それにコメントまで入れていただいた方には、

しょうもない更新活動に付き合ってくれてどうもありがとうと言いたい。


このブログをそろそろ辞めようと思いながら、この数日間感じていたことがある。


楳図さんが赤と白のボーダーで自分を表現しているように、

僕らも素直な表現で毎日を垂れ流すことで、気持ちよく存在を維持していける気がする。


アーティスティックな才能を持った人はまさに表現者という名にふさわしいけど、

毎日部屋にひきこもっているのも、

授業に決して遅れずに出席し続けることも、

邦楽をひたすら否定することも、立派な表現たり得る。


ただ、そこにその人なりの揺れない想いがなくちゃ表現にならない。


矛盾するようだけど、周りと同じことをするのが自分という人間なんだ、っていうのも揺れない想い、

ただ流れに逆らい続けることが自分のポリシーだっていうのも揺れない想い。


だとすれば、結局何でもいいってわけだ。のまれなければ。


ただ、僕らは立派な表現者なんだってことを確認したかった。


自分の内に秘める声を、何らかの形で外界へ放出する、

それがこの時代この社会に生きる僕らの形のような気がする。


別にそれは今僕らのいるこの空間が他と異なるという意味ではなく、

僕はこの空間しか知らないし、更には僕の感覚でしかないという条件において。


僕が一流ランナーに遠く及ばないながらも走ってきたことは、

僕の存在を証明するための一番の表現方法だった。


本を読むのも、音楽を聴くのも、映画を観るのも、

僕の表現だ。

僕自身に表現されているはずのそれらは、僕の体の中に入った瞬間、もしくは入ろうとした時に僕の表現になる。


高橋尚子のシドニー五輪金メダルも、

彼女が一歩脚をつくたびに、僕の表現になって心が呼吸していたはずだ。


そうやって僕は僕を確かめると同時に外界との距離を測る。


ここで僕が言いたいことはきっと誰かの気持ちだし、

きっと今どこかで僕の気持ちを誰かに話している人がいる。


当たり前だけど、僕らは一人で生きてるわけじゃないんだ。


でもそんな現実味のないことを意識して毎日を生きることなんてできない。


僕が毎日しっかり意識していなくちゃいけないことは、

僕の目の前にいるのは僕と同じ人間だということ。

そしてその人に分かって欲しいことは、僕もあなたと同じ人間だということ。


それさえできれば、万事うまくいく気がしてしまう。

どんなに悲しい時にも。

でもそれができないからここにこうして書くことになる。


とにかく、僕らが大事にすべきことはそういうことなんだ。

僕ら、とは言ったものの一応これは僕の勝手な気持ちだ。


60億分の1の表現者である僕は、

またこれからも自分の最内にあるものを外界へうまく放つための方法を探していく。


残りの学生生活で未だ踏まぬコミュニティの土を靴につける。できる限り多く。

でもそれは表現を発見することによる僕の表現という、自分探しの旅なんて呼ばれの格好いいものではなく、

もはやこの街からの逃避行でしかない。


東京という街が好きで、今年で吉祥寺に住めるのも最後というのが残念でもありながら、

何故こうも脱出したくなるのか今はよく分からないけど、とにかく逃げるんだ。


大きな表現者であるこの街が僕に出て行けっていうから従うしかない。

もしかしたらこの街での僕の表現が行き詰まってきているのかもしれない。


まぁ、

今日言いたかったことは先に言ったわけだし、

こんなところで終わりにしようか。


僕のちょっとした一部であったこのブログを終わらせるのも我ながら切ない気はするけど、

つまらないことをまた書きたくなれば、広大なネットのどこか小さな継ぎ目で静かに記そうと思う。


それでは、

1読で終わられた方も、295記事すべて読んでいただいた方も、

どうもお粗末さまでした。


やがてXXしきサクセスストーリー。

夜はもうこんなに寒くなってきたのに、

なんでまだうちの近くの自販機にはホットコーヒーが売っていないんだろう。


気付いてからじゃ遅すぎることが多いんだ。


そのせいで僕は、

ホットコーヒーを飲むためにわざわざ冷たい缶コーヒーを鍋で湯煎する余計な手間をかけなくちゃいけない。


コーヒーメーカーを使えば早いけど、夜中に飲む温かい缶コーヒーの味にはならない。

分かってない。まるで分かってない。


でも本当に分かってないのは僕なんだ。それは分かってる。


まだこの季節の変わり目に、自販機に並んでいるのは冷たいものだろうという予想はついていた。

でも今夜は特に寒い気がするから、

そこにはホットドリンクの2~3本も並んでいるだろうなんて、甘い期待を抱いていた。


だからそんな甘い心境で、

全て冷たいドリンクの並んだ状態を目にすると、もう心が折れてしまって温かいコーヒーを飲みたかった気持ちなんてしぼんでしまう。


わざわざそんな、意味のなさそうな飲みたい気持ちを膨らまし返すのも、変なプライドが許さない。

だから今夜は冷たい缶コーヒーを飲むことにした。


でも今夜、温かいコーヒーではなく冷たいコーヒーを飲んだという過去はどうやっても消すことができない。

なんて悲しいことなんだろう。

それが悲しすぎて、僕に温かい缶コーヒーを飲みたいと思わせた悲しさもすり減ってしまいそうだ。


むしろそれも幸運かもしれないけど、悲しさに悲しさを消されたら困る。

僕は負けてるだけじゃないか。


いいかげんにして欲しい。

みんな僕より強そうに見えるし、一言で崩れてしまうほど弱そうにも見える。

きっと自分だって同じことを思われてる。


だから永遠に奇妙な戦いが終わらない。悲しすぎる。


なんだか今はひたすら話し続けたい。

何も話すことなんてないけど、延々と誰かと話すことができたらどんなに楽しいだろうか。


扉の表に、

「どうぞご自由にお入りください」と貼り、

僕は最近覚えたサイフォン式の珈琲をお客に出す。


そんなことを繰り返していたら、

毎日の目覚めと睡眠の意味が少しづつ分かってくる気がする。


このところ大切にしろと教え込まれてきたものは僕の中から次々とすり抜けていく。


まさにこの国の教育の失敗作へ変わろうとしている。


それはそれで受け入れたいことだけど、

やっぱり僕はくだらないサクセスストーリーを歩んでいこうと思う。


くだらないとは何だ。言いなおそう。

輝かしきくだらないサクセスストーリーだ。


よく冷やされた缶コーヒーを温めるのにもそれなりのエネルギーがいるように、

僕も単純なエネルギーを惜しまずに真摯に毎日を生きてみよう。


そしてどんな青空でも一様に、うん今日の空も一段と青い、そう言い放ってやるんだ。



真っ直ぐぶれずに一線上を走る、

長い距離を走るとなるとそれがものすごく重要で、かつ困難になってくる。


きっとそれができるようになればなるほど、

移り変わっていく景色を走りながら気持ちよく眺められるようになるんだろう。



そんなわけで、僕の2008年秋も始まったわけだ。


安い決意vol.2 シブシブでキュンキュンなチューンに乗せて。

シブシブでキュンキュンなチューン揃いのプレイリストが出来た。

近々、CD化する予定である。


アーティストは15曲すべて漢字4文字の男性シンガーで統一されている。

それ以外のアーティストは、いかにキュンキュンするチューンであっても今回に限っては口惜しくもスルーさせていただいた。

すべて漢字4文字男性シンガーとは少し渋すぎだと思われるだろう。そう確かに渋いことは渋いんだ。


でもかなり熱い。

なんていうんだろうか、今風に言えばイケてる漢字4文字シンガーズソングの連続ってカンジ。


漢字4文字が連なるとあまり目にはよろしくないが、曲同士のコネクションはなかなかのものに仕上がったと自負している。

30代男性に支持されてオムニバスランキング1位に輝いてしかるべき代物だ。


CDが完成したら、とりあえず宮城の兄に送りつけてやろうと思っている。

もらった側は意味分からないかもしれないけど、とにかく送りつけてやる。


というわけで、

四国行き返上で卒論に当てたはずの3連休の初日は、そんなものの完成を喜んで終わった。


だけどこの初日には壮大な続きがある。


昨年12月からランナーに非ずだったがまた走り始めることにした。


なんで急に心変わりしたかって、

シブシブでキュンキュンなチューンに励まされたからである。まじで。


だけど別にサークルの駅伝に出たいとかそういう目標があるわけじゃなく、ただ気持ちよく快走したいだけ。


せっかく3年間走り続けたんだから、

最後の年も1回ぐらいは気持ちのいい走りをして卒業したいと思ってしまったわけだ。

シブシブでキュンキュンなチューンに背中を押されて。


とりあえず12月の日体大あたりを焦点にしてみよう。


とは言いつつ1週間後にはこの決意の日記をこっそり消去してる可能性も否定しきれない。

というかおそらくそうなるだろう。

消去せずとも知らん顔してバイトが忙しいとかほざいているのが落ちだきっと。


いやいや、走るし。

おれナスじゃないからがんばる。

安い決意が値上がりすることだってあるんだ。



まぁ明日以降走りつづけるかどうかは、シブシブでキュンキュンなCDの真価にかかっているとして、

とりあえずBで終わる可能性が高まってきた卒論だ。ともすればCだけど。


ある院生の友人が言っていた終論100000字の負荷が富士山に登るくらいのものだとすれば、

僕の卒論の負荷なんて高尾山に登るようなものだけど、高尾山を侮ることなかれ。(登ったことないけど)

命のない卒論になることは今の時点で濃厚だ。



んー。

書きたくなるまで机に座っておこう。


玉葱と一緒に吊るすべきもの。

隣の部屋の物干し竿には、

玉葱が3個吊るされているとずっと思っていた。


なんでそう思っていたのか分からないけど、

僕が洗濯物を干すたびに、微かに視界の右側に入ってくる薄茶色の存在が玉葱であるはずだと信じていた。


隣の住人は、いつも謎である。

川崎にいた時も、阿佐ヶ谷にいた時も、今の部屋でも、

隣の住人に引越しの挨拶に行き、その扉が開いたことは一度もない。


今の隣人に関しては、10日間分ぐらいの新聞が郵便受けにぎゅうぎゅうに詰め込まれている時がある。

まともに出入りを繰り返していれば、あんな状態には絶対にならない。


だけどたまに深夜、友人と大きな声で話した時なんかは、

二つの空間を隔てる壁の、こっちとは反対側の面がこぶしで殴られたのだろうという音がすることがあるから、

その住人がしっかり生きていることは確かなのである。


そしてそのさらに隣、

つまり僕の隣の隣の住人に、さきほど出くわした。


そして明るくこんばんはと挨拶された。


親しい友人に見られても恥ずかしいだろう恰好で近くの自販機に三ツ矢サイダーを買いに行っていた僕は、

この小さなコミュニティに属する者として最低限のモラルは示そうと、

半分振り返りながら、あっこんばんはと返した。


名前と挨拶は大切、

そう誰かが言っていたのを思い出した。


名前は個人情報やら何やらうるさいから伏せるのが普通になっているとは言え、

やっぱり挨拶くらいは大事にしたい。


隣人と挨拶の一つも交わしたことがないってのはなんとも気持ちが悪い。


挨拶の一つでもしていれば、

夜中にこぶしの音が響いてきてもあぁ申し訳なかったと素直に思えるのに、

挨拶の経験もないと、こぶしの音は想像のつかない恐怖にすり替わるのである。


僕は隣人が玉葱らしきものを吊るしていることは知っているし、

もしかしたら隣人は洗濯物から僕の服の好みの少しくらい知っているかもしれない。


つまりなんて言おうか、

僕らにはお互いを判断する基準が少しづつしか与えられないにも関わらず、

それだけに頼って判断しなくてはならないとき、もしくはしてしまう時がある。


あぁ変な壁はすべて取っ払ってありのままでぶつかり合いたいと思うのは僕だけじゃないだろう。

でもたぶん僕は標準的な人間よりも上辺をすりすりして本質をぼやかしてる自信がかなりあるから、

正直こんなことを日記に書くのは愚である。


でも書いてしまった。


でも自分に対しても他人に対しても、とにかく世の中の逆らいたいものに対しても、

もっと本質でぶつかればいいのにって思っていることは本当なんだ。


でもお前の本質ってなんなんだよ、

って聞かれたら、知らないよそんなの井の頭公園のお地蔵さんに聞いてくれよ、

って答えそうな気がするからもうこれ以上はやめた。



やーめた。


心の原色、東京の色。

青、白、緑。

僕らの心のベースはきっとこの3色で出来上がっているのだろう。


列車の窓から18年間育った宮城に似たような風景を眺め、

後ろへ去りゆく、限りなく自然の原色に近い画が目の前に現れたとき、

一瞬のうちにその風景を写真に残しておかなければならないと思うのは何故だろうか。


旅の終わりに、撮った写真をスライドさせてみる。

あまり訴えかけるものがない。


もちろんそれは空間を切り取った平面の画でしかなく、その一瞬を思い出すための手掛かりでしかないから、

あの時と同じような感情を完璧に復元するのは不可能かもしれない。


でもそんなんじゃない、

体が吸い込まれそうな感覚を呼び起こしたはずのその風景は、

後で見返すと自宅の外観をとりあえず撮ってみたような画にしか見えないのである。


僕は当たり前すぎるものを撮ってしまったのかもしれない。


当たり前にそこに存在すべきもの。


きっと僕らは生まれてから死ぬまで、絶えず当たり前のものを失い続けている。

そして当たり前じゃないものばかりを求め、

不意に当たり前すぎるものに出会うと平常心を保てないほどの衝撃を受ける。


さて僕は何のためにこの街にやってきたのだろうか。

東京で生まれ育った人には何の事だ、という感じかもしれないが、

この街は当たり前のものが見えにくいつくりになっている。


そのかわりに、この街はあらゆる当たり前じゃないものを包み込めるパワーを持っている。


僕はきっと、そんな漠然とした当たり前じゃないものを求め続けているのかもしれないし、

当たり前のものにうんざりしているのかもしれない。


だけど最後にたどりつくべき場所だけは昔も今も変わらず知っている。


僕はただ一つの力にだけ従っていればいい。

前方からやってきた時間を一瞬だけ受け止め、その形をそのまま後ろへ流していけばいい。

それだけのことである。


電車に乗ると、僕らは必ずどこかに運ばれている。

自分の足で歩かずとも、風景は勝手に新しくなっていく。

乗っている区間がいつもの行動範囲でない限り、僕らはどこに連れて行かれるのか知らないのだ。

それを唯一知っている人がいるとすれば、運転手だけなのだろう。




今回は西日本をなんとなくまわってきた。

下車したのは、和歌山、京都、鳥取、島根、岡山、兵庫、三重。


7月半ばに数えてみた。

僕がこれまでに行ったことのある都道府県は、31。


学生として残された時間で、とりあえず未踏の県をすべてまわろうと思った。目的はないけど。

そしてこの夏で新しくまわったのは8県。

残りは四国・九州を中心とする8県だ。


今回は仲間が一人いたおかげで、野宿でもなんだか心強くぐっすり眠れた。

わがままな行路に付き合ってくれたE藤に感謝しよう。


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