黒麒麟の人生

黒麒麟の人生

このブログは、今までの実際に体験してきた…。
屈辱や辛さ。
誰かに見てもらいたい。
宥めてもらいたい、諭されたい。
私の考え、常識は間違ってないのか。

と思い書き込んであるものです。


気分が悪くなる方はお読みするのはやめてください。

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私は、幼少の頃から…。
記憶のあるなかでは
少なくとも年長の頃から父親に性的虐待をされてきた。
私は、4人兄弟の中で3番目で唯一の女で生まれた。

父は母が居なくなると、
必ず私を腰に乗せたがったり、
昼間から母が畳んだ布団を引き一緒に寝たがったりした。
もちろん嫌がると怒鳴ったり、張手かまされることもしばしば。
仕方なくゆうこと聞いて上に乗ったり、一緒に布団入るとお尻や胸を触りながら腰を降ってきていた…。

何回かその現場を見た母が、父に怒鳴り無理矢理引き離し逃がしてくれたこともしばしば。

でもその後そ~と庭の木の間から見ると母が蹴られていたり近くにあるビデオや本を投げられていたこともあった。

小学生に入る頃には父や祖父(父の親)が風呂に一緒に入ろうとやたらと母の目を盗んで入ろうとしてきていた。
基本は母と必ず二人で入る。

だがたまに兄のPTAなどで一人で入らないといけない時は、いつも遅い父が早く帰ってきてお風呂に侵入してきたりした。
もちろん嫌がればお風呂の湯船に頭抑えられたこともあるので逆らえない。

体洗い終わって湯船に使ってるにもかかわらず、体洗ってやると無理やり洗われる。
指で胸やお尻。クリやアソコなども泡立てながら長い間いじられたりもした。

次の日は高熱や軽い蕁麻疹など出て母が近くにいてくれたりもしたが何も怖くて言えなかった。

3年の頃ちょっとした同級生女子と担任の女先生から嫉妬による嫌がらせをされ軽い不登校になりかけた事もあった。
だが、母が一緒に家でのんびりしよう。と言ってくれたが、父がニヤニヤしながら一言。

『おまえが学校行かないなら俺も仕事に行かん。寝ていたいなら一緒に寝ていてやる』

もちろんこの一言で3時間目が始まるかぐらいの時間に買物行く母とともに保健室登校をしたり、お迎えに来てもらったり常に母にくっついていた。

5年生になると、胸が出てきたりしてきた。
その頃母が長兄(長男)小兄(次男)の中学の部活動や中学面談で家に入れる量が一気に減っていた。〈大体昼から、夜の7時頃まで。〉

その頃父は仕事をいろいろ変えて不規則な時間帯が多く常に昼から夜中まで家にいることが多かった。

兄たちが見てないところで風呂に来たり、布団に侵入してきたり、寝室につれてかれて無理やり胸やアソコ等を弄られまくった。
その頃には嫌なので全力で畑の小屋に逃げん込んだり、すぐ下の海にの桟橋に逃げたりもした。
声を出して拒否すると張手や兄達が剣道していたので家に何故が竹刀や木刀・六角刀などあり声を上げると叩かれることもあった。

そんなのが中学卒業まで続いた…。
中学のある日も弟と同室に無理矢理させていたくせに、
『近親相姦を夜中にしているだろう!』
と罵倒され蹴られたり、竹刀で叩かれたりした。挙句私だけ、縁側で布団引いて寝ることになったりした。
祖父も人の下着類を持って行ったり、胸を触ってきたりお尻を撫でてきたり、風呂に入りに来たりもしてきた。

高校受験の時は全寮制の夜間の高校を希望。母には資料も見せ、OKをもらったが父が大反対。
昼間働きながら夜間は学校、寮代も自分で払うと言っているのに拒否。
結局地元で名前を書けば入れるようなところに無理やり入れさせられた。
唯一の助けはそこの高校に福祉科があった事。母方の良祖父母の面倒を見たかっため、ヘルパー二級を取得。
何故かその行為が、自分たちの老後を見てくれるためにとったと思い込んだ糞祖父母、父。

高校でバイトを始める。
携帯代は親の通帳から引き落としなので一万以下だが一万親に渡し、
それ以外にも光熱費、生活代として四万家にいれていた。

【兄達は高校の時の生活費等無し。携帯代だけ、生殖になってから二年だけは入れていた感じ。】

弁当把持部積んで材料買い作ってたので月二万ほど。
全部テック利子冷凍していた。〈冷凍食品は痒くなるからね。(・_・;)〉
なので毎月最低十万稼いでいた。

バイトは…。
土日祝日、たまに半日で学校終わった時の平日、夏休みなどの長期休み等。

夕方五時から、夜の10時まで。
近所の父公認のホテルのフロアレディー。

朝10時から3時ぐらいまで。
昼間はのティッシュ配りや広告配り。

これは父に内緒で母にだけ話やっていた。
口裏合わせて部活だの図書館で福祉の勉強だの言えば文句を言われない。

たち公認のバイトはいちいちカレンダーに日程と時間を記入させられた。
バイト以外の時間は基本6時門限でした。
部活が長引き帰りが遅いと、砂利の上で正座させられ、夕飯抜き。
援交してきただろなどなど。

こんな家早く出たく福祉の勉強を一心不乱に勉強したりバイトをしたりもした。

高校卒業後、無事良祖父母のいる施設に働くことになった。
もちろん同じフロア部門では働くことはできないが、[例。ショート使用の良祖父母、3階の特別養護で私が働くみたいな感じ。]仕事帰りに良祖父母似合いに行ったり帰りを付き添ったりした。

早番、遅番、ロング、夜勤
があるのだが…。
もちろん時間道理終わることなどまずない。会議があればそのまま出席して話し合わなきゃならないし、イベントなどあればそのまま休憩挟んで仕事をしないといけない。

勿論何度も説明したり給料明細で残業時間も見せたりするが…。
どうも父はそれが信じられないらしくたまに、仕事場の施設に私の原付きがあるかどうか確認してきたり仕事中に今どこメールや着信も来たり、通勤に車何台が挟み追いかけてきたりしていた。

その頃私は、もうひとつ問題を抱えていた。
高2の時にひとつ下の後輩になつかれいつの間にか恋人認定。ストーカーまがいのことをされる。しかも施設の職員にそいつの姉がいて、職員たちにうちの弟の彼女なんですよ!とか働く前の研修の時から言いふらされある意味大変でした。

携帯番号を変えても緊急連絡先でストカ姉にバレるし、勤務時間も同じフロアだからバレバレ。結果仕事終わりの時間や、休みの日に家や施設前で待ち伏せされたりした。

ここまでが私の子供の頃から働くまでの修羅場①