「やまない雨はない」について思う事
「やまない雨はない」なんてフレーズを実に様々なところで我々は使いがちですが、それってどうなのかなって思う。
確かに安心感はある。
ただ、それは投げっぱなしの安心感でもある。
プロレス技の投げっぱなしジャーマンは受け身が取りづらいように、保証のない安心感だけ渡されて放り投げられているようなモヤモヤ感が残る。
そのモヤモヤ感の正体は「やんだ雨はいつかまた降る」というファクトだ。
雨は繰り返し降るものだ。それなのに「やまない雨はない」でとめてしまい、希望だけを含ませるから言葉を選ばず言えばたちが悪い。
宝くじだって引けば1億当たりますとは宣伝しない。「当たるかも」とやんわりさせる。
「やまない雨はない」は景品表示法に引っかかってもおかしくない。
これで言うと「やまない雨はない」の「ない」が問題なのだ。「ない」ではなく「ないが、」が正解だ。もっと記すなら「ないが、また必ず降りますよ」だ。
更にきちんと伝えるなら「ないが、また必ず降りますよ、だから次の降雨に対して事前対策を練っておきましょう」である。
まとめると
「やまない雨はない」を相手に正しく伝える際は
「やまない雨はないが、また必ず降りますよ、だから次の降雨に対して事前対策を練っておきましょう」と言うのが本来の優しさである。
「大丈夫だいじょうぶ、やまない雨はないからさ」なんて軽く言う友達は、あなたの心配などこれぽっちもしていない。
うん、きっと。






