7月1日の早朝、祖父が他界しました。
私が幼い頃から「俺ももう後先短いから…」が口癖だった祖父。
でも、ずっと元気で、
気が強く、頑固で、我が儘だった祖父。
私が高校生くらいの頃からは、養護施設や病院での入院を繰り返してたので、もう10年以上実家にいないのが当たり前で、
訃報の連絡を受けても、あまり実感がわかず、
通夜で祖父の顔をみても、
病気で痩せ細ってしまって、顔が変わってしまっていたので、いまいち祖父だという実感がわかず、
なんだかぼーっとしていました。
翌日の葬儀で、棺に花を入れる際、
祖父の足元側に立ったら、
小さい頃から見上げていた祖父の顔とようやく一致して、
やっと自分の祖父が亡くなったのだという実感がわきました。
急な葬儀にも関わらず、沢山の方々に弔問いただき、
きっと満足していることと思います。
葬儀場から火葬場まで移動する際、
父の希望で祖父が生前大好きだった青果市場を通りながら向かったのですが、
たくさん迷惑をかけたであろう市場の皆様が、大勢集まり手を合わせてくださいました。
祖父は青果市場を建てる際に市場内の電気配線や冷蔵庫の設置などをしたそうです。
それから自宅で青果店を営み、
毎日毎日市場に仕入に通っていました。
祖父の夢は市場の役員になることだったそうです。
その願いは叶いませんでしたが、
その意思をくみ、父と父の友人の皆様が市場の方々とお仕事をしていて、
霊柩車でではありますが、市場にまた行くことができ、
たくさんの方に手を合わせていただき、
きっと踏ん反り返えって、威張って、喜んでいることと思います。
市場に寄りながら火葬場へ向かうことにした父の心意気には頭が下がります…
涙が止まりませんでした…
私は、
私達姉弟は、父や母の為にこんな素敵な、粋な、葬儀ができるのだろうか…
できるようにならなければいけないなっ、
そんなことを決心していました。
祖父と最後に交わした言葉はなんだっただろう…
本当にくだらない話だった気がします。
だけど、私と祖父の関係で考えると、それくらいでちょうどよかったのかなっと、妙に納得してしまいました。
祖父は孫の中で唯一の男であり、長男の兄を一番かわいがっていました。
その兄に遺骨を抱いてもらえて、本当に喜んでいると思います。
長いこと施設や病院にいて、「家に帰りたい」と呟いていたとゆう祖父。
亡くならなければ帰れない現実。
ずっとお世話をしていた母はとても心苦しく、辛かったと思います。
しかし、こうしてたくさんの人に見送っていただき、きっと喜んでいると思います。
亡くなったからって急に美化するつもりはないけれど、
でも、やっぱり一言いいたい。
「ありがとう、おじいちゃん。お疲れ様!!」
男の子で生まれて来なくてごめんよ。
でも、ぁたしは女の子に生まれて幸せだよ。
頼むから、いくら寂しいからって、遺されたおばあちゃんを連れていくのだけはやめてね。
喧嘩してばっかのデキの悪い孫娘でごめんね。
痛みや苦しみから解放されて、今はきっと楽になれたのでしょう?
どうぞ、安らかに…





