植物達は、喉が乾いても水をくださいとは言えない。

土がカラカラに乾いても、その静かなSOSはなかなか届かない。


それに気づかず、もしくは気がつかないふりをし続け、もしくは気がついてるけど面倒だなと感じながら放っておき、いよいよ限界に近い状態になったところでやっと水を与えてあげる時がある。

そんな時は決まって、申し訳なさからいつも以上に水をあげるのだ。


夫はそんなタイプの人間だった。

私が今こうして生きているのは、限界ギリギリでなんとか水を与えてもらったから。

向こう側へ越える一歩手前。

そんな時は決まってご馳走を与えてくれたり、今までの苦悩を一瞬忘れさせてくれたりする。


そうして私は許し、絶望し、許し、絶望しの無限ループの沼にはまってしまった。

精神的な暴力は、誰にも気づかれない。

骨が折れることも、あざができることもない。

自分がSOSを出さない限り、側から見ればあの頃の私は、2人の可愛い子供をもつ、幸せなママにしかみえなかった。


ふたりの子供達が大人になるまでの23年間。

下の娘が5歳になった年から働き始めて、18年目の秋に、

私は家を出ることになります。