夜中入るお風呂時間は、
大体泣くための時間だった。
パート先までの通勤の運転時間は、
大体泣くための時間だった。



子供は、笑った母親の顔が好きだ。
お母さんがニコニコしていればそれだけで幸せ。
そしてその笑顔でいつも向き合ってくれるお母さんに、心から安心するのだ。

そんな時間を積み重ねた信頼関係が根底にあれば、大抵の親子喧嘩や反抗期などは乗り越えられる。
そうやって、親と子供は絆が深まってゆく。
いくら血のつながった親子でも、親がまず努力をしなければ絆は生まれないと思う。
だって、それぞれが「個」であるから。


私は完璧な母親なんかじゃなかった。
感情的になったり、子供が大切にしていた漫画を投げてしまったこともある。

妻として幸せではないと悟った時、
母としていつも笑顔で子供に向き合うことは容易ではなかった。

近所のママ友と話す時も、内容なんか頭に入らない。
「この人は妻として幸せなんだろうか」
「私よりはきっと幸せなんだろうな」
そんな事を考えてしまうのだ。

自分を哀れむ長い時間が、私には確かにあった。

自分を哀れに思うって、ほんとに悲しくて辛い。
他人には絶対わからない事。
他人に話す必要もない事。

自分だけがわかってればいいけど、
それはそれは耐え難い寂しい時間。
愛されたくてたまらなかった。
大切にされたかった。
安心したかった。

一緒に暮らしてる息子は、いつからか私を下の名前で「さん」付で呼ぶようになった。
○○さんが楽しければそれでいいよw
○○さんが楽しそうでよかったよw


一緒にいるけどいい距離感。
今を大切に生きるってこういう事なんだなって実感する。

いつも、ありがとう。